風の隣
今。
今俺は、何か忠告をされた気がするのだが。
気をつける?俺が?色気が散漫だから?
「…何?…え、まじで何言ってんの?」
「ほら!無自覚なんだろう!」
訊ねる鳥飼から更に距離をとろうと、等々力はその場で立ち上がり半歩あとずさる。
目元を片手で隠し、なんだか見てはいけないものと相対しているかのようにちょっと顔を背けたりして。
「気を悪くさせたなら謝る!しかし誰かが言うべきだろうとずっと考えていた!」
「……いや、ちょっと待てよ」
「お前は悪くない!不用意に近づいた俺に責がある!」
「いやだから待てって」
「安心しろ!常にダダ漏れなわけではない!ふとしたときだ!しかしその不意打ちは凄まじい!周囲への被害も甚大だろう!」
「まじで聞い」
「意図して抑えられるものかわからないが、心に留め置くことをお勧めする!」
「ちょ」
「俺は気を鎮めてくる!お前も一度お前の色気と向き合ってみてくれ!」
言いながらじりじりと後退していき、とうとう等々力は廃工場の中にまで戻っていった。
「……相変わらず人の話聞かねえな…」
ぽつんとひとり取り残される形になった鳥飼は、脱力して夜空を見上げた。
色気云々のくだりはよくわからなかったが、俺に対してあいつがあんな顔をしたということは、多少なりとも可能性があるということでいいのだろうか。
…少し、意外だった。そういうことには、周囲がそれと認識するようなことにも関心を示さないと勝手に思っていたから。
だったら、その色気とやらを逆にあいつにもっとぶつけていけば…
と、そこまで考えてかぶりを振った。
それこそ引かれるだけかもしれない。悪手過ぎる。
というか、あんなでかい声で喚いてちゃあ中で寝ていた連中も起きただろう。
まだ夜中だ。今頃みんなぶうたれているに違いない。
あたふたしているであろう等々力の姿が目に浮かぶようで、鳥飼はくすりと笑みを溢した。
が、そこではたと気がつく。
…つまり、あいつのわけのわからない主張も丸聞こえだったのでは。
さあっと頭から血の気が引いていく。
弾かれたように立ち上がり、工場に向かって足場を蹴った。
「颯ぇ!!お前さっきの撤回しろぉ!!」
「心苦しいが、それはできない!」
「来た!色男や!」
「色気とは向き合ってきたのかぁ?」
「うるせぇ!お前ら並んで座れ!張り倒してやる!」
げらげらと笑いながら煽ってくる不破と百目鬼に噛みつきつつ、横目で等々力の様子をちらりと窺う。
既にいつもの顔つきに戻っており、起こしてしまったことを海月や乙原、囲に謝罪していた。
その様に安堵と同時に惜しいことをしたと思っている己に気がつき、鳥飼は胸中で苦笑する。
この気持ちは伝えるべきではないと、頭ではわかっている。
でも心はそうもいかなくて。
どうにか上手いこと気がついてくれないかと、淡い期待を捨てきれずにいる。
その先だって不安しかないくせに。とんだ臆病者だ。
「臆病になるのは当然かと」
「!」
不意に背後から声をかけられ、鳥飼はびくりと肩を跳ねさせた。
振り返ると蛭沼が何食わぬ顔で隊員たちのやり取りを眺めていて。
まるで心の中を覗かれたのかと思うようなタイミングの発言に、どぎまぎしつつ鳥飼が笑みを取り繕う。
「ひ、蛭沼さん…、なんの話です?」
「ですが、鳥飼くんと大将なら、どう転んでもうまく収まると思いますよ」
「…参ったな。本当にお見通しですか。敵わねぇな…」
「私ではなく、この子たちですがね」
にこりと人当たりのいい微笑を浮かべて蛭沼が軍服の袖を捲ると、皮膚が内から蠢いて盛り上がり、そこから複数のヒルが顔を出した。
「…もしかして、見てました?」
「お二人に危険がないか、見張りはしていました」
「……そりゃどうも」
堪らず鳥飼は深々と溜め息をついた。
蛭沼には隠し事はできそうにない。ならば今後は相談役になってもらおう。うん、心強い味方ができた。
ちらりと相手を見遣ると、蛭沼はぱちっと両目を瞑った。
瞬きにしてはいやに力が入っていたようだが、目にゴミでも入ったのだろうか。
不思議に思いつつ、鳥飼は思考を切り替えて夜中だというのに随分と賑やかな面々を見渡した。
「大将、みんな起きちまったんだ。このまま移動しないか?」
鳥飼の提案に百目鬼がにっと笑う。
「いいねぇ!明日は活動はなしなんだろう?どっか行こうぜ!」
「構わないが…お前、夜は見えないだろう?足元が危険だ」
等々力が顎に指を引っ掛け、難しい顔で小首を傾げる。
そんな小さな所作ですら可愛らしい。にやけそうになる顔をぐっと引き締め、問題ないことを伝えようとしたそばから不破が揶揄うように横から口を挟んだ。
「誰かと手ぇ繋いだらええんちゃう?」
「でも色気問題がなぁ」
明らかに面白がっている不破と百目鬼に、鳥飼がやっぱり一度拳骨をくれてやろうと握り込んだ拳に息を吹きかけていたとき。
等々力が一歩前に出た。
「そこは大丈夫だ!鳥飼の色気問題については、俺が責任を持って対応する!」
「ちょ、大将…」
「不要な犠牲を出すわけにはいかない!俺と手を繋ごう!」
堂々と言い放つ姿は非常に頼もしいが、ありもしない色気を問題提起された挙句、犠牲者が出る前提で話を進められるのは、たとえ願ってもない結論に帰結しようとも勘弁願いたい。



