スタートライン
蛭沼からの情報を得て、等々力は思考して目を伏せる。
支部を潰すなら、今が絶好の機会だ。
残っているという十数名もおそらくは非戦闘員。建物の構造が複雑なものでない以上、罠や隠し部屋等も発見しやすいだろう。
しかし…
「どうする、大将?」
訊ねてくる乙原に、逡巡していた等々力は迷いなくかぶりを振った。
「今行っても意味がない」
その言葉に鳥飼がにっと口角を上げる。
「そう言うと思ったぜ」
「了解。しばらく待機ですね」
「んじゃ、他の連中に知らせてくるよ」
乙原は他の部屋にいる隊員たちへの伝言のため、ベッドから降りると軽快な足取りで出ていく。
等々力の決定に異議を唱える者などなく、小さな会議はあっという間に終わった。
そう。
今、手薄になっている支部を叩いたところで意味はない。
鬼國隊は桃太郎機関にダメージを与えるために活動しているわけではない。桃太郎という存在そのものを消滅させることが目的なのだ。
相手が拠り所とする場所はあえてそのままにしておいたほうが、桃太郎が集まりやすいと踏んでの決断だった。
次の後釜が補充された後に、調べ尽くした支部の中で叩くという形が一番効率が良い。
行動指針がまとまり、等々力と鳥飼は蛭沼に簡単に挨拶をして部屋を辞した。
が、すぐに自分たちの部屋のドアノブを握る鳥飼の後ろで、等々力は表情を険しくする。
「……羽李」
「?」
呼ばれて振り返ってから、そのどこか深刻そうな様子に鳥飼は内心戸惑った。
「な、なんだよ」
「先に休んでいろ。ちょっと出てくる」
端的にそう言うなり、踵を返して行ってしまおうとする等々力の腕を慌てて掴んで引き止める。
「っ待て待て!こんな時間にどこ行くんだよっ」
「問題ない、すぐ戻る」
「いやいや問題しかねぇよ!一歩出たらお前、戻ってこれねえだろうが!」
破滅的な方向音痴である等々力が、知らない土地を一人で出歩いて無事に帰ってこられるわけがない。
こんなことは本人だって理解しているはずで、これまでそんな無茶をしようとしたこともなかった。
余程退っ引きならない用事でもあるのだろうか。
「ったく…俺もついてく。どこ行くんだよ、コンビニ?」
嘆息して頭をぽりぽりと掻きながら鳥飼が先行して廊下を歩きはじめるが、何故か等々力はその場に立ち尽くしたままで。
「…ひ、一人でいい」
「……」
…ああ、ちょっとわかったかも。
どことなく気まずそうに目を伏せて呟く等々力の頬は、よくよく見てみると僅かに朱が差している。
鳥飼は二、三瞬きをしてから合点し、ツカツカと廊下を引き返すと、相手の手首を掴みなおして部屋に引き摺り込んだ。
確実に閉めてから鍵をかけ、半ば強引にベッドに座らせる。
「おい…っ」
勢いよく腰を下ろしたせいで軽く尻を跳ねさせつつ、等々力が困惑気味に抗議の声を上げるが、鳥飼は問い詰めるようにずいと相手の顔に己の顔を近づけた。
「お前、溜まってるんだろ」
「……べ、別に…」
こちらの圧から逃れるように、軽くのけぞって目を逸らす等々力。
生来より即断即決であるこいつの、この反応が既にすべてを物語っている。曖昧に誤魔化す時点で肯定していることと同じだろう。
等々力の能力は広範囲を抉るようなパワー系で、非常に強力だ。
だから今回のような鬼と桃太郎が入り混じった戦闘では、周囲を巻き込んでしまうことから本来の力を発揮できない。
実際、あの集落では鬼神の力は使用せずに闘っていた。
更にその前に襲撃した桃太郎機関の支部でも、鬼が数名囚われていた為、やはり思いきり闘うことはできていない。
立て続けに不完全燃焼状態となり、抑え込んでいた昂った気持ちをどこかに発散したいのだろう。
一人で何をしに行こうとしていたのかはわからないし、本人が言いたくないなら無理に聞き出そうとは思わない。
しかし、行かせない。
今はまたとない好機だ。
伝えるつもりのない想いも、胸の内に閉じ込めておくのはもう限界だった。
変えたくても変えることができなかった関係を、これでどうにかできるかもしれない。
鳥飼はベッドに座った等々力の肩に手を乗せ、自身の体重をぐっとかけていき押し倒すような形をつくる。
更に等々力の腰を跨ぐように両側に膝を突いてベッドに乗り上げ、四つん這いになると状況が飲み込めず青灰色の瞳を白黒させている相手の名を呼ぶ。
「…颯、」
「な……に、」
「悪い。……じっとしててくれ」
上体を沈め、等々力の顔が己の右肩にくるように左腕で抱き込む。同時に自分の顔の真横に癖の強い金色の髪がきて、等々力の匂いが一気に濃くなった。
相手が動揺して固まっているのを良いことに、右手で手早く自身のベルトを外すとスラックスと下着をずらして、雄を引き出す。
こちらの肩に顎を乗せている等々力には、背中と天井は見えてもその手元は見えていないだろう。
「おい、羽李っ…?何を…」
「動くなって。たぶん、すぐ終わるから」
鼻先を等々力の肩口に埋め、目を閉じる。
鳥飼はゆるゆると逸物を扱き始めた。



