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高山 南寿
高山 南寿
novelistID. 71100
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もうひとつの、ぼくは明日……

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だから、このマンションで高寿と会うことにした。
けど、高寿は初めてやったな。
ここのほうが外よりええか。
ほんまに今日が最後の日やねんな。
悔いのないよう過ごさなあかん。
でもどうやっても、結局は後悔するやろうな。
泣きっぱなしだけにはならんよう、気を付けな。
泣く時間がもったいない。
高寿も困るだけやし。
私の気持ちは今日が最高?
愛美はゆっくりと起き上がり、自分の胸の真ん中をぎゅっと押さえた。
――違う、きっとこれからもっと、たとえ別れることになったとしても、私は高寿のことをもっと好きになる。でも、今日、ドアを開けて入ってくる高寿にとっては、私との物語は白紙の一ページ目なんや。私の思いの深さを、彼はまだ知らない。私たちの間にはあまりにも大きく、そして残酷な時間の隔たりがある。私の想いをそのままぶつけてしまって、もし彼に引かれてしまったら、このかけがえのない歴史が変わってしまうかもしれない。気持ちを少し抑えないと。でも、それでも。淡路島行った帰りに思ったこと言えへんかったあの言葉は、今日は素直に言おう。あのとき、ずっと一緒にいたいと思ったこと、自分の言葉で伝えよう。今日が最後やのに、そんなこと言うてもどうしようもないし、高寿は困るやろうけど、やっぱり、ちゃんと伝えよう。今日が最後やからこそ全部伝えよう。

玄関のインターフォンが鳴った。
「はい」
「南山高寿です」
高寿の声は、緊張しているのか、固い感じに聞こえた。
「ちょっと待ってください」
愛美は玄関のドアを開けた。そこには少し緊張した面持ちの高寿がいた。
「どうぞお上がりください」
愛美にも緊張がうつって、少し他人行儀なトーンになってしまった。
「入って高寿」
愛美は言い直した。
「はい」
高寿は肩をすくめて、ゆっくり部屋に入ってきた。
「は、初めまして」
そう言った瞬間、高寿はしまったというように少し目を見開いた。
「そやね、初めまして高寿、私は、ほぼ一月付き合ってるけど。高寿は今日が初めてやもんね。そんなに緊張せんでええよ」
「あっ、ごめん。初めましてって言わないように思ってたんだけど。つい出てしまって」
「今日が初対面やから、緊張するのはしゃーないやん。でも私にとっては、もうかけがえのない人やねんで、高寿は」
愛美はリビングまで高寿を案内した。
三人掛けのソファーを勧めて、お茶を出した。
自分は一人掛けのソファーに腰掛けた。
「ありがとう。……そうだよね。ごめん。すごく緊張してて」
高寿は深呼吸を一つすると、愛美をまっすぐ見つめた。
「でもね、五年前にもらったあのルーズリーフを僕は何度も何度も読み返した。そこに綴られていた君の言葉や、思い浮かぶ風景、挟み込んであった写真の笑顔……それら全てが、僕の中で君はかけがえのない、本当に愛おしい人になった。だから、初めて会ったはずなのに、まるでずっと前から君と恋人同士だったような、不思議な気持ちなんだ」
「本当に嬉しいこと言ってくれるやん」
愛美は笑顔で高寿を見つめようとしたが、目の前の高寿は少し滲んで見えだした。
「なんか、いきなり変なこと言ったかな」
高寿の眼にまた緊張が戻ってきた。
「うううん、嬉しい……。今日はまず二人のこれまでのこと、君にとってはこれからのことやねんけど、確認するんやね。毎日送ってくれてた写真も見るよ。それと話し方が固い」
愛美はこれ以上涙が出てこないよう、ちょっと明るく振る舞った。
「あっ、そうだね。気を付ける……。あの、スマホ預けてるはずなんだけど」
「そうや、預かってる。今……要る? ちょっと待ってね」
愛美は、自分の部屋に行ってスマホの箱を持ってきた。
「けど、もう一つの使ってたスマホは?」
愛美は立ったまま箱を渡した。
「今は持ってないんだ。僕が使っていたのは、この預けてたスマホなんだよ」
「えっ、どういうこと?」
愛美は高寿の横に座った。
「二十九日前、君と出会う前にプリペイドのスマホ買うんだ。それを君に預ける。今日返してもらって、これから一月使っていくんだ」
「日を遡っていくから? だったら同じスマホが二つあったってこと?」
「そうなるんだ、同じスマホが今日を境に折り返す。君の時間で言うと過去に行く」
「えーそうなんや」
愛美は高寿が箱を開けるのを見ていた。
「このスマホは新品だからまだ何も入ってないんだ。これから二人の写真を撮る。撮った写真はその日のうちに送るね。次の日には二人の時間は食い違っているから」
「それで毎日送ってきたんや。写真見る?」
「うん、順番に全部見る」
「私の時間軸で過去から見せるね」
一月も付き合っていたのに、高寿の顔が近くなって愛美は少しドキッとした。
「お願いするよ」
「写真があるのは歴史街道の町家からなんやで」
愛美は高寿にスマホの画面を見せる。
「こんなふうに写真撮ったんだね」
「この時、道標の所でばったり会ったんやで」
「いや、僕は君が来るのわかってて待つんだよ」
「うーん、そうやけど。ほんとのことは置いといて、うるおいがない。ばったり会ったでいいやん」
「わかった。そうだね……。あっ、道標の場所教えて」
「枚方市駅前やで」
「地図アプリでその場所をお気に入りで地点登録したいんだ」
高寿がスマホの地図を見せてくる。
「そうなんや、場所はお気に入りに登録するんやね」
「畦道で脱輪した場所も教えてほしい」
「昼御飯食べたら、何ヵ所か見に行こ」
「ごめんね。最後の日なのに確認ばっかりで」
「うううん、一緒に行ったとこ二人でまた行けるの嬉しいで」
愛美は笑顔で返事した。

二人はお祭りがある神社の境内と参道前の広場を見た。広場は灯篭もあるし、ブランコもあった。玉垣に似た石でできた低い柵に囲まれた、神社前らしい遊び場だった。
「五歳の高寿と三十五歳の私が会う場所なんだね。ここで私が迷子になった五歳の高寿に声をかけて、足止めするんやね」
「そうだね、それで僕は命拾いする。君は優しそうで、とてもきれいな女の人だった」
「そんなのわかる? おばちゃんじゃなかった?」
「五歳でもそれはわかるよ」
「やっぱり、おませさんやったんや」
愛美は照れ隠しに言った。
「そんな、普通だったと思うけど。でも、また逢えるって聞いちゃった」
「ほら、おませさんやん。五歳に声かけられた私はどうしたの?」
「膝をついて、目を合わせて『また逢えるよ』って言ってくれた。頭ぽんぽんってしてくれて嬉しかった。でも泣きそうな顔してたのが不思議だった」
「そうなんや。やっぱ泣きそうになるんや。しゃーないな。私にとってはそれが本当の最後やもんな。まだこれから先のことやけど。高寿にはもう起こったことやねんな」
愛美は胸がキュッと締まる気がした。

宝ヶ池に行った。
ボート乗り場の桟橋を確認して、東屋に行った。
「さっきのボート乗り場が五歳の君と三十五歳の僕が会う場所なんだね。僕が君に声をかけるんだね?」
高寿は東屋の欄干に手を置いて、池を見ていた。
「そう。靴紐結んでくれるんや」
愛美も欄干に手を置いて、高寿を見ていた。
「誰かが溺れて、君はびっくりして走って逃げちゃうんだよね」
「お礼も言わず逃げちゃって、ごめん。今謝っとく」
「わかった。覚えとく」