もうひとつの、ぼくは明日……
高寿
逢瀬 二〇二五年三月
愛美は京都の植物園にきていた。
ベンチに腰掛けて待っていた。
中学生くらいの男の子を探した。
高寿の面影のある少年を見つけた。心がときめいた。
十五歳の高寿はちょっと輝いて見えた。
「南山高寿くんだよね?」
愛美が声をかけた。
その少年は少し驚いた。そして、その場を立ち去ろうとした。
「私のこと覚えてない?」
愛美は必死に叫んだ。
少年は数歩先で立ち止まって、愛美に振り返った。
二十五歳の愛美は十五歳の高寿に大切な話があると言って、いっしょにベンチに腰掛けた。あなたが五歳でこっちの世界に来たとき、お祭りで声をかけたのは私なんやでと教えた。そして、ルーズリーフを渡しながら二人の過去と未来の話をした。
少年は五歳でこっちの世界のお祭りに来たことや、爆発場所に行くところを、声をかけてもらって、命拾いしたことを覚えていた。爆発で出店の人と、中年の女の人、同じ世界の女の子が、犠牲になったことを教えてくれた。爆発で死んだ女の子は、カドタユキという子だと教えてくれた。
愛美は一瞬かたまった。
そんなことは知らなかった。友紀ちゃんは従姉の友紀ちゃんの名字は門田だ。門田友紀だ。死んだのは別の世界の門田友紀でこっちの世界の門田友紀はなんの関係もないかもしれない。でも、一緒に死んだ中年の女って、誰かわからない。いっしょに良く行った祭りだけれど、いまから十年後の祭りだけは絶対行かせないと思った。
高寿にこれからのことを説明して、最後に手紙を渡すミッションをお願いした。
「頑張ってや、お願いするわ」
愛美はそう言って少年と握手した。
少年は、託された使命の重さを感じ取ったのか、こくりと力強く頷いた。そして、少し照れたような、でも決意を秘めた目で愛美を見つめると、勢いよく駆け出した。
数メートル進んだところで、彼はくるりと振り返り、大きく、力強く手を振った。
――ああ、あの時と同じだ。私にとって、二十歳の彼との最初の出会いの日、彼にとっては最後の別れの日。あの時、彼が見せてくれた手の振り方と全く同じだった。
あの日の記憶が押し寄せる。涙がとめどなく流れ出て頬を伝う。涙を拭くこともせず、愛美は手を振り返した、思いっきり手を振った。
高寿の旅 二〇二〇年三月 愛美二十歳
二十歳の高寿はわくわくと、ドキドキが止まらなかった。
この世界に来たのは三度目、五歳のときにお祭りに来た。十五歳のときに京都を回った。そして二十歳になった今回。今回は長期だし、なにより愛美さんと恋人になる。今までちゃんと女の人と付き合ったこともないのに、いきなり大舞台に立つようなもんだ。十五歳のとき、あんな綺麗な人に声をかけられて逃げようとした。私のこと覚えてないといわれて、どうしてだろうと思って逃げるのをやめた。いや、それ以上に愛美さんに興味があった。最初はなにを言われてるのかわからなかった。緊張していた。二十歳になった僕たちが一緒に写ってる写真を見せてもらって初めて、大変なことが起こってるとわかった。あの場で大まかに教えてもらったが、教えてくれている愛美さんが見せる笑顔に実は釘付だった。持って帰ったルーズリーフの内容や写真を見て、十五歳の僕はのぼせてしまった。五年の間に思いは募ってしまった。もう大好きというか、愛してるといっていいレベルになってしまった。今日初めて会うけど、気持ちがいきなりMAXでは恥ずかしい、引かれるかもしれない。落ち着いていこう。
『はじめまして南山高寿と言います』じゃ、おかしいよな。なんて挨拶すればいいだろう。五年前も会ってるし、相手からしたら一月近く付き合って最後の日だなんて。『どうも』しか出てこない。『やあ』でいこう。
でも、最初に会うのが、人のマンションで二人きりとか緊張する。
こちらの世界に来た二十歳の高寿は友紀のマンションに到着した。
緊張した面持ちでインターフォンを押した。
「南山高寿です」
緊張して固い声になってしまった。
「ちょっと待ってください」
愛美は玄関のドアを開けた。
そこには少し緊張した面持ちの高寿がいた。
「どうぞお上がりください」
愛美にも緊張がうつって、少し他人行儀なトーンになってしまった。
「入って高寿」
愛美は言い直した。
高寿は、言われたことがやっとわかった。
――写真で見たよりずっときれいな人だ。
緊張が増したが、ゆっくりと玄関に入った。
「初めまして」
あっ、言っちゃった。
高寿は『初めまして』は止めとこうと思っていた。
「そやね、初めまして高寿、私にとってはほぼ一月付き合ってるけど。高寿は今日が初めてやもんね。そんなに緊張せんでええよ」
五年前に会った人だ。今は二人とも二十歳。やっと会えたんだ。同い年になるって不思議な感じだ。
今日は二人のたどったことを確認する。大事な場所の下見にも行く。
最初は会えたことがうれしかったけど、愛美さんの気持ちが伝わってきて、胸が締め付けられるようだ。僕は愛美さんの過去へと遡っていく。今日初めて会ったのに、今はもう今日が最後のような気がする。僕らは別れるんだと実感する。愛美さんが悲しそうだと僕も悲しい。でも愛美さんのために、しっかり別れよう。
そして高寿は本当に最後のように別れた。
マンションのドアの外に立って、愛美さんに別れを告げた。その時、高寿は溢れる涙をこらえられなかった。
高寿の二日目
晩御飯に枚方市駅前の居酒屋に行った。
高寿は愛美に会って思った。昨日あんなにつらい別れをしたのに、今日は会えた。今は目の前に愛美さんがいる。なんか叫びたいくらいだった。いずれもっとつらい別れが来ると、理性ではわかっているけど、この一瞬一瞬を大切に、彼女との思い出を心に刻もう。
その後も二人で色んなところへ出かけた。もっともっと行きたいと思った。愛美さんへの思いは益々深くなった。
高寿の十日目
愛美さんと鴨川の畔で、お互いの思いを語り合った。二人の運命を告白された後、愛美さんは二人の運命の過酷さに深く苦しんでいた。
その涙を見るのは辛かったが、同時に、彼女がこの悲しみを乗り越えてくれることも僕は知った。だからこそ、僕は逃げずに、これから彼女が経験するであろう心の痛みに寄り添い続けなければならない。それが僕の使命なのだから。
高寿の十二日目
愛美さんに二人の運命のことを告白した。うまくは説明できなかったけど、すごく悲しんでいたから、なんとなくは理解してもらえたと思う。僕も自分で説明していてだんだんしゃべれなくなった。僕も同じ運命だから。別れが近づいてくるから、口におもりが付いたようになった。
高寿の二十九日目
そして、運命の二十九日目が来た。
僕にとって、愛美さんと過ごす最後の日なのに、最初の出会いを演じなければならない。重い足取りで、出会いの場所に向かった。
農道を、時間を見計らって歩いた。溝に脱輪した軽自動車が見えた。愛美と友紀さんが乗っていた。今すぐ駆け寄って、この腕で愛美をぎゅっと抱きしめたい。でも愛美にとって僕は今日初めて会う人だ。ちゃんと『初めての人』を演じないといけない。
軽自動車は無事、溝から脱出した。愛美と友紀と少し話をかわした。
愛美はこんなにそばにいる。
毎日のように会った愛美。
作品名:もうひとつの、ぼくは明日…… 作家名:高山 南寿



