もうひとつの、ぼくは明日……
新しい日々
南山と愛美 二〇二五年三月
愛美は、十五歳の高寿と別れて植物園を後にした。
やっぱり、愛した高寿の事で胸がいっぱいになった。昔の記憶が鮮明になって帰ってきた。最初は思い出した事でなんかウキウキするような感じだったが、しだいに胸が締め付けられてきた。会えた喜びよりも、これで十年後に会うのが最後だという現実を突きつけられた感が強かった。
パジャマに着替えた愛美は、ベッドに転がって天井を見ていた。天井のクロスの細かい筋を目で追いながら、ぼんやり考えた。
ひとつ責任を果たした。
達成感があるわけじゃない。
高寿、おぼこかった。
本当に十五歳やった。
私の愛した高寿。
やっぱり時間の流れが逆なんや。
現実なんや。高寿に会って、たった二十九日間の恋人を、本当に愛してたんだと思い知らされた。
ぎゅっと抱きしめたかった。
私の愛した高寿。
今度会うのは十年も先や。
早く会いたい。
でも今度会ったらそれが最後や。
最後はいやや。
それにちゃんと助けられるやろか、不安や。
一人でこんな不安に向き合うのはいやや。
誰にもいえない。
いや、今はこの世界の南山くんがいるから話はできる。
頼っていい? なんかやましい気がする。
南山くんも十五歳の愛美に会ったところやし、会うのは無神経かもしれん。
同じ境遇だから、話ができる。
誰にもいえない悩みもいえる。
南山くんは高寿と同じように優しい。
私は南山くんをただ頼っているだけ?
それとも高寿の代わりにしようとしている?
やましい気がするのはこれや。
高寿が好きなんちゃうの?
目の前の南山くんに鞍替えするん?
恥ずかしいないの?
高寿にいえるの?
さっきまで高寿に会いたいって思ってたんちゃうの、情けない、情けない女や私は。
十五歳の高寿に会う前は、本当は南山くんと巡り合う運命やなかったんかと思ったりした。
南山くん見てたら、ドキドキすることがあった。
でも、十五歳の高寿に会って、私が愛してるのは南山くんじゃなくて、高寿だとわかった。
南山くんは私が愛した高寿じゃない。
失礼な話や。今南山くんに頼るのはいけない。
南山くんの気持ちも考えないと、私と同じで苦しんでるかもしれん。
手紙を言付けたことはLINEしておこ。
しばらく? ずっと? 会わないのがいい。
もう寝る。
次の日、愛美は南山くんにLINEした。
『ちゃんと手紙言付けたよ』
『ありがとう。大丈夫?』と返事がきた。
『大丈夫。南山くんは大丈夫?』
『大丈夫。たぶん』
それで、やり取りは終わった。
きっと南山くんも、私に会うのは違うと思ってるんやと感じた。
逢う言い訳
「おはようございます」
愛美は更衣室で、同僚に挨拶して、エプロンをして図書館のフロアに出て行く。
利用者のいないフロアは物音ひとつしない。パソコンのスイッチを入れると微かなキューンという起動音が聞こえる。ログインして、WEBから予約された分のリストを打ち出す。書架で本を探して、利用者への予約割当や他館への回送処理をする。今朝の新聞の処理をした。朝のルーティンを済まして、バックヤードに行った。そして寄贈本のコーティングを始めた。
本を汚れないようにするコーティングは、購入時に装備されているが、寄贈された本はボランティアさんか、職員がコーティングしている。愛美もコーティングは慣れたものだ。そこへ大野が相談に来た。
「愛美ちゃん、おすすめ本の冊子の表紙描いてくれへん? いつも頼んでる職員さんの子供、今年は受験だからダメやねん」
「えー、私は絵書けへんけど。大野さんは書けへんの?」
愛美は手を止めることなくコーティング作業をしている。
「うーん。だめかな」
大野は首を捻ってる。
「締め切り近いんちゃうの?」
愛美は手を止めて大野を見た。
「もうすぐ」
「何人かに声かけて描いてもらおう」
愛美が笑顔で大野を見ながら言った。
「もうほぼ声かけてん」
「えっ、私最後?」
「うん」
「しゃーない、描いてみようか。大野さんも描いてみて」
愛美は笑顔で言ったが、大野はなにか言いたげな表情だった。
一週間後、図書館バックヤードで愛美と大野が打合せしている。
ともにどんよりした顔で表紙の原案を見ている。
愛美は絵を見ながらこれは無理かもと思っていた。
「大野さん。これはなに」
「パンダ」
「中高生用の冊子の表紙がパンダか。でも、踏まれたカエルにしか見えへんし」
「ごめん」
「え、これ妖怪」
愛美が別の絵を見て言った
「ごめん、女の子」
大野の表情が暗い。
「まじか。小さい子泣くで」
「愛美ちゃん、これは?」
「山田池公園の池」
「なるほど、ええやん」
「大野さん、ごめん。これ、何も訴えるものがないねん」
「書架が並んでる絵はいいんちゃう」
大野がその絵を持ってる。
「遠近感がおかしいねん。やっぱり私らでは無理かも。今回はフリー素材探す?」
愛美が提案した。
「最近はオリジナルばかりやねんけど」
大野はちょっと困った顔になった。
「職員のお嬢さんに頼ってただけやん」
「そやねんけど、……わかった! 今回はフリー素材でいこか」
大野が同意した。
いつの間にか友紀が横に立っていた、口をはさんできた。
「元カレ、絵描きちゃうん」
「えー、それ言う、ここで言う?」
愛美は少し友紀をにらんでる。
「あのイケメンと復縁してんの?」
大野が突っ込む
「いやいや、もう単なる友達ですから」
――南山くんは元カレでもない、元カレに瓜二つな別の人、友達かなぁ。
「そうなん。ちょこちょこ会ってんのちゃうの?」
友紀が聞いてくる。
「ちょっと用事があったから会ってただけ、もう会ってへん」
「いっぺんお願いでけへん? 時間ないねん」
大野が顔の前で手を合わせて頼んでくる。
「……しゃあないなぁ。そこまで言うんやったら、一応……頼んでみるだけ、頼んでみるわ。でも、引き受けてくれるかどうか、全然わからへんからね!」
愛美は心のどこかで、これが南山くんに連絡を取る良い口実になるかもと思った。
大野はただ笑顔を向けてとっととフロアに出ていった。
友紀が意味ありげに、にやっと笑ってる。
「困るわこの人」
愛美は苦笑いした。
再会 二〇二五年四月
愛美はお願いがあると南山にLINEして、待ち合わせの約束をした。
イラスト頼むためやから、会わなしゃーないやんと自分に言いわけした。
ほんとは会わんほうがええんかなと思ったり、ちょっと楽しみにしている自分がいたりすると思った。
愛美は待ち合わせのカフェに入った。西日が少しまぶしかった。店はそこそこ混んでいたが、すぐに南山が隅の席で、ちょこんと座っているのを見つけた。
「やあ」
南山は明るく声をかけてくれた。
「こんにちは」
愛美は挨拶した。ちょっと他人行儀な口調になってしまった。
「頼みごとって聞いたけど」
「ああ、そやねん。ちょっと冊子の表紙のイラスト、お願いでけへんかなと思て」
「あっ、そういう話か、僕の絵でいいなら」
南山はほっとした感じだった。
「え、いいん。良かった」
「ごめん、勝手になにか深刻な話かと思って緊張してた」
「困っててん。急に悪いなと思てんけど、後、お金も出せへんし」
「大丈夫だよ。お金なんかいいよ」
作品名:もうひとつの、ぼくは明日…… 作家名:高山 南寿



