もうひとつの、ぼくは明日……
南山はパリに戻る決心をした。
福寿さんには、こっちの世界の福寿さんにはパリに行くことと、十年後運命の日は一緒にがんばろうとLINEした。
祭り
神社へと続く参道に多くの屋台が並んでいる、ヨーヨー釣りをしている恋人たち、当てもんをしている子供、綿あめを食べながら歩いている中学生、大人も子供もお祭りを楽しんでいる。
三十五歳になった愛美は、南山と参道前の広場で五歳の幼い高寿が通るのを待っている。まず、幼い高寿を見つけて足止めし、南山が幼い愛美を爆発から助けにいく段取りだ。二人は目を皿のようにして、幼い高寿が通るのを待ち受けていた。
その二人に老婦人が助けを求めた。
胸を押さえた老婦人はそのまま倒れ込んだ。
南山は意識を失った老婦人に声をかけた。
愛美が救急車を呼び、通行する人に声をかけ、AEDを探して持ってきてと頼んだ。
南山は心臓マッサージを始めた。
そのとき、幼い高寿がキョロキョロしながら参道を境内のほうへ向かって歩いていく。二人とも気が付かない。
「ドン!」
大きな爆発音が響いた。
「ドーン!」
間を置かずさっきより大きな爆発音が聞こえた。
参道の半ばから真っ黒な煙が立ち上がっていった。
「しまった。もう爆発した」
驚いて南山は叫んだ。
「もう爆発したやん」
愛美は立ち上る煙を見て呆然とした。
南山は続けていた心臓マッサージをやめて、自分の両手を見た。
手が半透明になっていくのがわかった。そして悟ったようだった。
「福寿さん! ありがとう、……さようなら」
南山が言った。
そして、南山はだんだん透明になっていき、そして消えた。
「南山くん! 南山くん!」
愛美が叫び、泣きながら崩れ落ちた。
向こうの世界の幼い高寿も愛美も爆発に巻き込まれてしまったん?
南山くんは、南山くんを助けるはずの人が死んで三十年前に溺死したことになったん?
愛美は自分の手を見た。なんにも変わらない。
「私は消えへんの?」
「消して、私も消して」
愛美は叫んでいた。
その大きな声で愛美は目を覚ました。ベッドの上だった。
夢やった。
良かった。
ほんま怖い夢やった。
夢は覚めたけど、ものすごくひっかかることがある。
この気持ちはなんやろ。そして涙に気づいた。
南山くんが消えたことが、とてもショックやった。
南山くんを失くしたくないんや。
この世界の高寿を失くしたくないんや。そうや、南山くんが、好きなんや。
そしてカレンダーを確認する。今日が赤で丸してあった。
南山くんが関空からパリに出発する日や。
見送る予定ではなかったけど行こう。
パリ行きを引き留めるなんてことはできひん。
でも少しでもいいからもう一度逢いたい。身仕度をして、車で出かけた。
高速を使えば一時間ほど、今からなら十分、間に合う。
でも愛美は、はやる気持ちでアクセルを踏む足に力が入っていた。片側一車線の直線が続く道路を急いでいた。
前方の交差点で右折待ちの車が、今曲がる? というタイミングの雑な右折をした。
――せっかちやな。
不快ではあるが当たるタイミングではない。
気持ちスピードを抑えて交差点を通過しようとした。
そのとき、待っていると思ったもう一台の右折の車が、発車した。
右折車の運転手は右折方向しか見ていなかった。
愛美は全体重をかけるようにブレーキペダルを踏みつけた。
甲高いスキール音が響き渡るが、無情にも車体はコントロールを失い、迫りくる右折車の前部の角へと吸い寄せられていく。
間に合わない――そう悟った瞬間、衝撃と共に、世界から全ての音と色が消え失せた。
暗闇でもない、ただひたすらに深い虚無が、愛美の意識を飲み込んでいった。
愛美が病院で意識を取り戻したのは、事故から数日がたっていた夜だった。
愛美がうっすらと目を開けた。
気付いた友紀が立ち上がって「大丈夫」と聞いた。
「えっ、ここどこ?」
愛美は友紀に尋ねた。
「病院やで」
「なんで?」
「交通事故に遭ってんで」
「交通事故?」
愛美は記憶が飛んでいたが、すぐに思い出した。
友紀はブザーを押して看護師に意識が戻ったことを伝えた。
看護師は先生を呼ぶと答えた。
「そうや、南山くん見送るために、関空行こ思って、事故ったんや」
愛美は思い出した。
「南山くん、パリに戻るから見送りに行こうとしたん?」
友紀はベッドの横の椅子に腰掛けながら聞いた。
「うん、逢いたかってん」
「そうか残念やったな。見送りに行く約束してたん?」
「うううん、見送りたくなって行こうとしてん。時間取れたらパリに行こうかな」
愛美は天井を見ていた。
「せやな、ちゃんと治ったら私も一緒についてったるわ」
「一緒に? 子供やないし、なんそれ」
愛美は顔だけ友紀に向けた。
「ごめん。ちゃんと直していったらええわ」
友紀の表情は暗かった。
「ちゃんと直してって……、どこケガしてる? 左足が痺れてるかな」
愛美が聞いた。
友紀の眉間が寄っている。
「えっ、なに」
「潰れた車体に挟まれて、仕方なかってん。左足」
友紀の声が低い。
「えっ、痺れたままなん?」
「うん……膝から下が、もう……ないねん」
「うそ、痺れてる感覚あるけど」
「それ幻肢って言って、ない足の感覚だけするやつや」
「えっ、……そうなん」
愛美は力なく返事した。
そこまで話していて医者が来た。
愛美は入院期間について尋ねた。皮膚移植やリハビリ、義足の訓練とかあるので場合によっては、半年くらいかかることもあるようだった。
愛美の足は、残念ながらたびたび手術を必要とした。愛美はパリには行かず、運命の日を目標に生きた。
作品名:もうひとつの、ぼくは明日…… 作家名:高山 南寿



