もうひとつの、ぼくは明日……
運命
十年後 二〇三五年三月 愛美三十五歳
愛美はお昼過ぎに枚方駅前のスタバにいた。待ち合わせをしていた。三月に入って少し暖かい日もあるが寒い日もある。三寒四温、だんだん暖かくなるが、今日は寒いほうの日だ。ゆったりとしたニットにワイドパンツを合わせ、膝にはハーフコートを掛けていた。義足になってからは、あまりスカートを履かなくなった。もともと図書館員の仕事は、パンツのほうが向いている。それに寒いと、左足が少し痛むからパンツのほうが良かった。最近足の状態があまり良くないので少し早めに家を出た。早く着いたから、色々と考えてしまった。
南山くんがパリに行って十年弱、色々あったけど、今思い返すと長いようで短かった。一週間後が運命の日。向こうの世界から五歳の高寿と愛美が遊びに来る。その二人を爆発事故から助ける日だ。南山くんは、こっちの世界の高寿はパリから帰って来ている。昨日電話があって打ち合わせをしようということになった。
本当に久しぶりや。どんな顔をして会えばいいのかわからへん。考えても仕方ない、出たとこ勝負と思った。
「待たせた? 久しぶり」
南山が愛美を見つけて近づいて来た。十年たっているにしては軽い挨拶だった。黒のハーフコートを着て、顎にはうっすら髭をたくわえていた。
「そんな待ってない。久しぶり」
愛美は思いのほか明るい声が出て、自分でもびっくりした。明るい感じでいくしかないと思った。
「ほんとに久しぶり、元気にしてた?」
南山はそこまで言ってテーブルの角に杖がひっかけてあるのに気付いた。
「えっ、杖?」
「大丈夫、元気にしてたで。交通事故で義足になっちゃったけど」
「交通事故?」
「運が悪かってん。交差点で右折の車に当たられて、左足潰れてん」
「潰れたって! 大変だったね」
南山の顔が少しこわばった。
「うん、まあ義足でも仕事はちゃんとできてるし」
「そうか、なんにも知らずにごめんね」
南山は真顔だった。
「うううん、言うても仕方ないし。南山くんはどうなん?」
「元気にしてるよ。食べていけるプラスアルファくらいは稼いでる」
「へぇー良かったやん」
二人はそれぞれの近況を話してから、運命の日の段取りを決めた。
「あっ、これ。私が五歳のときの写真」
愛美が写真を渡した。
「気が利くね、助かる。かわいいね」
「恥ずかしいわ、幼稚園の年長さんのときの写真やし。私の写真だけど多分似ているはずやで」
「僕も五歳の写真、用意したら良かった?」
「大丈夫、私は十五年前、向こうの世界の高寿にもらってる」
「手回しいい」
「それで、爆発事故のことなんやけど、爆発で三人も死んだんやて。出店の人と中年の女の人、そして向こうの世界の女の子」
「そんなに死ぬんだ」
南山の表情が険しくなる。
「それで死んだ女の子がカドタユキって言うらしくて、南山くんも知ってると思うけど私の従姉、門田友紀って言うねん」
「あっ、あの友紀さん」
「そやねん、ちょっと怖い。死んだ中年の女の人って、こっちの世界の人やし、名前はわからへんし」
愛美は目を細めていた。
「爆発事故で二つの世界のカドタユキが同時に死ぬって可能性があるということ?」
「わからへんけど、そうやったら怖いし、困るし。それで友紀ちゃんに、お祭り行くんって聞いたら、今年は行かへんって言うてたから、大丈夫とは思う」
「爆発自体を止められたらいいんだけど」
「それができたらいいんやけど、どこでどんな風に爆発するか聞いてないから、止めようもないし、そもそも爆発止めるなんてこと、していいんかわからへん」
「残念だけど、爆発止めたら歴史がどうなるかわからない。もともとそんな力もない」
南山は膝の上で手を組直した。
「そやね。五歳の高寿と愛美を助けること自体は、歴史通りってことやね」
愛美は、自分に言い聞かせた。
「仕方ないことかな」
「それと嫌な夢見てんけど」
愛美は少し明るめの声を出した。
「嫌な夢? どんな夢」
「所詮、夢の話やねんけど。運命の日、参道前の広場で倒れた老婦人を、助けようとして手間取ってん、そしたら、思ったより早く爆発が起こって、幼い高寿と愛美は、爆発に巻き込まれて死んで、南山くんは、私の目の前で透明になって消えてしまった。幼い愛美が死んだら、南山くんが溺れたときに助けるはずの三十五歳の愛美がいない。それで、歴史は遡って、南山くんは五歳で溺死したことになる。だから、南山くんは目の前で消えた。明日、何かが変わったら、その影響が遡って、私たちの今を変えてしまうかもしれない」
愛美はゆっくり話した。
「いや、怖いな。その夢しゃれにならない。正夢見たりするほう?」
南山は少し苦笑いしている。
「正夢とか予知夢とか見たことあらへん。不安になってたからやと思う」
「そうだよね。予知夢とか普通そんなことないよね」
「でも怖いし念のため、当日は早めに行こ」
「わかった、そうしよう」
南山は、はっきり返事した。
参道
運命の日、神社の参道前の広場、日が傾いて、お祭り目当ての人が大勢歩いている。愛美と南山は少し早めの時間から、広場で五歳の幼い高寿を待ち受けた。
今日も少し寒い、愛美は少し痛む左足をかばうように杖をついていた。南山は先週と同じ服で、髭は少し伸びていた。
愛美は思っていた。
とうとうこの日が来てしまった。今日が向こうの世界の高寿と逢う最後の日だ。目に焼き付けておこう。そして、絶対に守ろう。周りに助けを求めるような老人はいない。やはり、正夢なんかない。
「僕はそろそろ向こうの愛美を探しにいくね」
南山がそう言って、参道の方に行こうとした。
そのとき、愛美は灯籠の横に、中学生くらいの女の子が座り込んでいるのを見つけた。女の子は愛美を見て、はっとしたように急に立ち上がった。しかし、その瞬間意識を無くして倒れた。
「えっ、まずい?」
南山が愛美を見る。
「大丈夫、まだ時間はあるやん」
愛美は倒れた女の子の様子を見ようとひざまずいて顔を見た。
「友紀ちゃんや」
「え、誰?」
南山は愛美をうかがってから、女の子を見た。
「この子は向こうの世界の友紀ちゃんやと思う」
愛美が高寿に視線を移した。
その子は向こうの世界の、十五歳の門田友紀だった。
「どうして? ここで爆発が起こる?」
南山は焦って聞いた。
「屋台の人死ぬって話やった。ここには屋台ないから、爆発はここやないんちゃうかな」
「爆発はここじゃないなら女の子は、友紀ちゃんはどうしてここで倒れているんだろう。大丈夫そう?」
「立ちくらみかもしれんけど、こけて頭打ってたら大変や」
「救急車呼ぶか」
「そうやな、救急車呼ぼう」
愛美は同意した。
「ごめんちょっと遅れた」
上山が来た。
南山は上山を祭りに誘っていた。というより万が一に備えていた。
「悪い上山、ちょうどいい。この女の子を頼む」
南山が目くばせをする。
「わかった。あ、本当に人が倒れてるのか」
「えっ、この人は」と愛美が聞く。
「君の夢の話を聞いて念のために友達に来てもらった。こいつ、上山。全て話してる」
「えっ、そうなん。よろしくお願いします」
愛美は少し驚いていた。私たちの話を信じる人いるの? 夢の話まで知っているんや。
作品名:もうひとつの、ぼくは明日…… 作家名:高山 南寿



