二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

天空天河 十

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

 茶を淹れるのが、まだ慣れぬのだ。
 淹れ換えよう。
 小殊、器をこちらに。」

 靖王は長蘇に手を差し出した。

 長蘇が微笑む。

 そして長蘇は、ぐいと器の茶を飲み干した。

「小ッッ!!!!。」

 呆気にとられ、固まる靖王。

「景琰、良い、茶だ。」
 そう笑顔を返す長蘇。

「、、、な、、何故、飲ん、、、。」
 必死に言葉を探して、漸く靖王の口から出た言葉だった。

「はは、『何故飲んだ?』とは?。
 景琰が淹れてくれた茶を、拒むわけが無い。」
 長蘇はそう言って、笑いながら器を置いた。

━━薬入りだと分かっていた筈なのに、何故飲んだのだ。━━

 分かっていて飲んだ理由など、一つしか無かった。

━━私を信頼しているからだ。━━

『申し訳無いなどと思わなくて良い。
 私は、景琰が安心できれば、それだけで良い。』と。

 金陵の状況も、靖王の考えも、全て理解した上で、飲み干した長蘇への、器の大きさと状況判断の深さを思わずにはいられない。

『何故、林殊では無く、梅長蘇なのだ』、と、

 林殊のままならば、こんな事をしなくてもよかったのだ。

 靖王は父王を恨まずにはいられなかった。

 赤焔事案さえなければ、赤焔軍は滅びず、祁王は死なず、皇太子闘いなどは起こらず、無益な死人など出はしなかった。
 何よりも無敵の赤焔軍の名は梁を守り、林殊が林殊として靖王の隣に立っていたのだ。
 今、目の前にいる江湖を率いるこの人物を、将来、梁の屋台骨になる筈だった何の罪も無い甥を、つまらない猜疑心で躊躇いもなく死なせたのだ。



 靖王が長蘇を見る切なげな表情が、いかにも『靖王らしくて』、長蘇の頬がつい緩んでしまう。
──ぁぁ、、、これだから景琰は、、、。──
『放っておけない』のだ。

「景琰、誉王を救出に行くのだろう?。
 江左盟の者が、城門の外に待機している。
 お前の役に立つ筈だ。」

「とうに小殊の耳には入っていたか。」

「江左盟の者が、誉王の元へ案内する。
 途中、官衛や役人に止められるかも知れないが、一切信じず、全て振り切って行け。
 後は江左盟が片付ける。」

「、、、、、私が行く事は、始めから決まっていたのだな。
 だから小殊は、、、、。」

 長蘇は、飲んだ後の器の縁を、そっと撫でながら話す。
「景琰の他に、誰がこの状況を打開出来ると。
 誉王には、私の配下が状況を説明し、誉王に尋ねたが、誉王は夏江の誘いには応じないそうだ。
 誉王妃は既に江左盟が保護し、別の場所に匿っている。
 誉王も私達が討論した通りに動いている。
 途中、不測の事態があっても、あの時話し合ったその他の方法で回避するだろう。
 江左盟の配下には、誉王の姿をした身代わりの囮を幾人か作った。
 本物の誉王の居場所は必ず、景琰に伝えられる筈だ。
 自分の目は信じず、私の配下の報告だけを信じろ。
 景琰への連絡系統は、完璧に仕上がっているのだ。
 あと一つ、景琰の出発後に、甄平がお前を追いかけて、現場の江左盟の指揮をとる。
 甄平の言葉を聞け。」
 そう言うと、真っ直ぐに靖王を見た。

「小殊、、、。」
 靖王が少し淋しげに眉を潜めた。

 靖王の情けない顔に、困った様に長蘇が笑っていた。

「私はこれ以上、何も出来ぬのだ。
 ならば景琰が動きやすい様に、江左盟が全力で支えるのみ。」

 納得出来ないでいる靖王に、長蘇が言う。
「誉王は心変わりしたりしない。
 救出に来た景琰の背中を刺す様な事はせぬ筈だ。
 誉王に対して、こちらには誉王妃という人質がいる。
 だから誉王は裏切らない。
 誉王妃の身体は、子を宿しているのだから。」

「!!!!。」
 さらりと言った長蘇の言葉に、靖王は驚きが隠せない。
 誉王に子ができた事にも驚きだが、何より大人しくしていると思っていた長蘇が、知らぬ所で思いの外動いていた。
 その全ては靖王の為なのだ。
 納得が出来ないと言うよりも、知らぬ所で、これ程の準備をしていたのだ。
 ただ誉王救出にごねていただけの自分自身に、情けなく、そして酷く悔しい思いが湧いていた。

 長蘇はそんな靖王の様子を窺うように言った。
「景琰は、人質を取る様な私の策謀には、納得できないかも知れないが、、、。」
 長蘇はまるで、靖王を嵌めてしまった状態に、靖王が拗ねてしまうのではないかと、心配になった。

 靖王は、自分が拗ねるのを心配している長蘇に、何の文句が言えるだろうか。
━━もう、『流石』としか言いようが無い。
 どう転んでも、私が行くしか無いと、初めから小殊は分かっていたのだ。
 こんな事態になると踏んでいて、私が困らぬように、きっちりお膳立てをしたのだ。━━

 靖王の顔が、少し綻ぶ。
「小殊、、人質などと、私の前でまで、悪ぶるな。
 母子の安全を第一に考えての事なのだろう。
 人質だと?、全く、、、ははは。
 誉王も少しは男気を見せられるか。」
 苦笑しながら、靖王が呟いた。

 長蘇は靖王の様子に、安心をする。
「誉王は、祁王の事は、後悔していると。
 帝位闘いから降り、皇后と関係を絶ったら、中々素直だぞ。
 景琰が救出に行っても、素直に従う筈だ。
 夏江に抗う事で、誉王はこの度、漢を上げられるだろう。
 まぁ、誉王次第だがな。」

「小殊、救出の最中(さなか)に、誉王を試す様な事を、仕掛けてはいまいな?。」

「うン?。」
 長蘇は、にやりと意味深な笑顔をした。
 長蘇の悪戯っ子の様な顔に、林殊の表情が重なる。
──もう景琰に、語るべき事項は無い。──
 この後、長蘇のやるべき事は決まっていた。
 この靖王の「茶」策に乗る事だ。

「小殊!、この緊急時に、そんな余裕があるのか?!。
 全く、小殊ときたら、悪ふざけが、、、。」

「この茶で、景琰の出立を見送る。」

 靖王の言葉を断ち切るようにそう言うと、長蘇は景琰の方にある急須を取り、急須の茶を側にある大き目の器に注いだ。

「待っ、、、その茶は、、、。」
 止める靖王を、長蘇は涼やかな眼で一睨みし、靖王に有無を言わせない。

 靖王は見た事も無いような長蘇の睨みに怯むしか無く、長蘇の事をただ見ているしか出来なかった。
 初めての事に、靖王は動けず息を飲んだ。

━━小殊はこの威圧感で、江湖を治めてきたのだ。
 内功を失ったと言っていたが、この眼を向けられれば、相当な武人でも怯むだろう。━━

 膝立ちになり、両手で器を持ち、靖王に捧げた。
 そして時間をかけ、ゆっくり一気に飲み干した。

 干された器を、もう一度靖王に捧げた。

 急須に仕込んだ薬入りの茶は、ほとんど長蘇が飲み干した。

━━小殊は、私を安心させて、救出に送り出すつもりで、、、。━━

 長蘇が下を向いて、胸を抑えた。
「、、、、くぅ、、、はッッ、、、。」
 あれだけ飲んで、薬が漸く効いてきたのだろう。
 長蘇の身体は崩れ、床に手をつき、呼吸が浅くなっていた。

「小殊!!!。」
 靖王は、目の前にある茶道具の机を退かし、長蘇に手を差し伸べる。

「、、景琰に、毒殺は、、、頼めぬな。
 間違いなく躓(しくじ)る。
作品名:天空天河 十 作家名:古槍ノ標