天空天河 十
以前、靖王に移った『魔』を取り去る為に、長蘇の『魔』を動かした。
長蘇は酷い苦しみようだったが、長蘇自身が止めようとはしなかった。
今度はあの時の様に、長蘇が苦しまぬよう、飛流は、注意を払い、少しずつ少しずつ注ぎ、動かせていった。
注がれる飛流の『魔』力は、長蘇を思いやる力で、長蘇の身体を満たす様に、優しく潤していく。
飛流の心が伝わる波動は、長蘇の心の奥深くをそっと撫でていくのだ。
それは長蘇を慕う気持ち、身体の弱さを気遣う気持ち、主や家族といったものを越えた情愛を持っていた。
長蘇の心も身体も、温かで非常に心地よいものに包まれた。
飛流は長い時間を掛けて、長蘇に『魔』力を注入した。
その時間は二刻近くに及んだ。
靖王府では、靖王と共に行く精鋭部隊の出立で忙しなく、書房に来る者は誰もいない。
飛流が握る長蘇の指がぴくりと動く。
それでも飛流は力を途切れさせずに、『魔』を注ぎ込む。
やがて長蘇の眼が開き、飛流を見て柔らかに微笑んだ。
「蘇哥哥、苦しい?。」
飛流がそう聞くと、
平気だ
と、長蘇の声にならない口が動いた。
それからまた暫く、飛流は自分の『魔』力を、長蘇に注いでいった。
長蘇の手に力が入り、飛流の手を握れる様になって、飛流は『魔』力を流すのを止めた。
長蘇は手足を動かせて、身体を慣らせていたが、寝返りを打ち、ゆっくりと起き上がった。
「ふぅ、、、。」
大きく深呼吸をして、にっこりと飛流を見た。
長蘇が持っていた『気色悪い魔』が消えて、昏睡していた長蘇が、自分の『魔』力で染まり、動けるようになり、飛流は嬉しくて仕方がない。
寝台の下に跪く飛流の頭を、長蘇はぐしぐしと撫でてやった。少々力が籠もって雑だが、その力強さが長蘇にも飛流にも嬉しかった。
「さて飛流、もう少し助けてもらおうか。」
「云!。」
「前に靖王の『魔』を取り除いた時の様に、私の中にまた『魔』の容れ物を作って欲しいのだ。」
「云。」
「飛流、頼むぞ。」
「云。」
飛流は寝台に座っている長蘇の後ろにまわり、長蘇の背中に両手を当てた。
「蘇哥哥、いい?。」
「いいとも。」
飛流はこの前よりも、ゆっくりと長蘇の『魔』を動かしていた。
多少の違和感はあるものの、飛流の『魔』は、長蘇に馴染みが良く、あの時の様な痛みや辛さは感じない。
その後数日苦しんだ、目眩や船酔いの兆しの様なものも無い。
長蘇が苦しむ事が無いように、飛流は始め、長蘇の中の『魔』を恐る恐ると動かしていたが、次第に要領を掴み、大胆に動かしていく。
それでも長蘇が苦しむ事は無かった。
『魔』力の馴染みの良さは、元々、飛流の『魔』の力によって、今の長蘇の身体を変えられたせいだろうか。
自然の事の様に、長蘇の身体は、飛流の『魔』力を受け入れていた。
長蘇の身体の隅々に力が漲り、身体の芯に余力を貯めて置ける『もの』を感じるようになった。
長蘇の身体は軽くなり、今までの病気がちの臥せった状態は、嘘のように綺麗に消えていた。
林殊以来の健康体といって良い。
飛流の手が、長蘇の背中から離れた。
「終わったか。」
「云。」
飛流は長蘇の前に回り、顔をのぞき込んで、少し驚いた後に、満面の笑顔になった。
その顔を見て、長蘇が笑う。
「飛流、嬉しいのか?。」
「云!。」
元気に飛流が頷いた。
そっと飛流が、長蘇の頬を撫でる。
相変わらず肌は白いが、生気のない玉の様な無機質さは無くなっている。
──私が元気になり、飛流が喜んでいるのだ。──
長蘇は笑って、飛流の頬を軽く抓った。
以前は良く、飛流の頬を軽く抓っていた。つい摘んでみたくなる頬で、ふっくらと可愛らしかった。
以前の飛流のふっくらした頬は、飛流の成長と共に、消えかけているが、飛流は飛流なのだ。
飛流は笑っていた。
飛流は長蘇に、今迄に無い、力強さを感じた。
飛流の『魔』力により、以前よりも力が満たされている、、、といっても、か細い人間の身体には変わりはない。
長蘇の体力にも限界はあるだろうが。
長蘇が寝台から立ち上がろうとした。
飛流は察して、長蘇を助けようとする。
立ち上がる事は、以前の様な、痛みや力の入らなさ、振らつきのような『苦』は無いが、折角、飛流が助けてくれるのだ。
長蘇は飛流に甘えようと思った。
飛流もまた、長蘇の役立ったのが嬉しくて、機嫌が良い。
長蘇が立ち上がれば、まだ飛流は、長蘇の身長には追いつけない。
──まだまだ子供だ。──
身長は長蘇よりも幾らか低く、顔もあどけなさが残っている。
その事は、長蘇には何となく、ほっとできる。
──さて、進まねば。──
誰もいなくなった空の寝台を見た。
──、、、ぁぁ、、このままでは戦英に見つかり、景琰に報告されてしまうな。──
ふむ、と考え、、。
長蘇は、肩から胸に落ちている自分の髪から、一本の髪の毛を抜いた。
「???。」
飛流が不審げに長蘇を見ていた。
「ふふふ、、。」
長蘇はその一本の髪を布団に落とすと、何と髪の毛は、寝台に横たわる長蘇の姿になった。
「!!!!!!。」
飛流は目を丸くして、髪の毛長蘇と、隣に立っている長蘇を代わる代わる見ていた。
「、、、、、。」
飛流は怖々と、真剣に寝台の上の長蘇の頬を突ついた。
「アハ、、。」
長蘇は笑い掛けて、急いで口に手を当てる。
──おっと、、外の見張りに見つかってしまう。──
飛流は自分の髪を抜こうとしていた。
「クスクス、飛流、ここではやるなよ。」
飛流にそっと言った。
途端に膨れ面になる飛流。
──さて、私はすべき事がある。
早々にここを去ろう。──
「飛流。」
長蘇が静かに名を呼ぶと、飛流は頷き、長蘇の腕をしっかり抱えた。
そして掻き消えるように、二人の姿は、書房から消えた。
ふい、と靖王府の書房から消えた長蘇と飛流は、蘇宅の書房へ現れた。
飛流は早速、一本髪を抜き、髪の毛飛流を作り上げた。
「あははは。」
長蘇を見る飛流が二人。
そっくり同じで、見分けはつかない。
笑う長蘇に、飛流は得意満面な顔を見せる。
見ただけで、長蘇がしたのと同じ様な事が出来る、飛流の成長を感じた。
飛流が髪の毛の飛流に、指で突(つ)ついてちょっかいを出した。
突つかれた飛流も、飛流を突つき返し、飛流二人で突つき合いをしている。
「ぷっ、、、二人で何を、、、。」
何だか可愛らしくて、笑ってしまう長蘇。
突つき合いも本気になりかけ、激しくなった。
「こらこらこら飛流、、、同じ姿で喧嘩をするな。」
長蘇に言われて、きょとんと二人、長蘇を見る。
「あははは、、。
しかし、そんな芸が出来るようになったとは。
髪の毛が無くならない程度にしておけよ。」
「?、無く、、、なる?。」
飛流は、分かった様な分からない様な顔をして、自分の髪を摘んで見ていた。
「ふふふ。」
「さて飛流。
景琰を守りに行ってくれ。」
「云。」



