天空天河 十
飛流は返事をすると、髪の毛飛流の肩を押して、髪の毛飛流に行かせようとした。
「こらこらこら、、。
私が分からぬとでも?。
髪の毛の方ではなく、飛流自身が行きなさい。」
「むぅ〜〜〜。」
飛流の頬が膨らんだ。
同じ顔と姿でも、長蘇には一目瞭然で、どちらが本物の飛流かは見分けがつく。
「飛流にしか出来ぬ事だ。」
「ここに、いる。」
「景琰は危険な場所に行くのだ。
恐らく『魔』兵が出るだろう。
兵士達の『魔』を一掃してくれ。」
「いやだ。
蘇哥哥、まもる。」
珍しく長蘇に歯向かい、ふぃとそっぽを向く飛流。
長蘇は飛流の頭を優しく撫で、静かに、困ったように言った。
「飛流、いつもは聞き分けてくれただろう?。
今日はどうしたのだ?。
それならば、飛流に沢山のご褒美を用意しよう。」
飛流の顔が、少し綻ぶ。
「ごほうび!!!。」
「前に景琰を守ってくれた時の、倍、用意しておこう。どうだ?。」
「云!!、いいよ!!!。」
満面の笑みで請け負う飛流。
「では頼むぞ、飛流。
靖王は聖旨を持って、南門から出立する。
南門で待っていれば良い。」
「云。」
飛流は庭に向かおうとしたが、留まり、長蘇の顔をじっと見た。
「どうした?、飛流?。」
「こい。」
そう言って、飛流は自分の分身を呼びつける。
飛流の言う事を聞いて、飛流の側に来る髪の毛飛流。
「蘇哥哥、まもって。」
髪の毛飛流を長蘇の側に置いた。
髪の毛飛流は、こくりと飛流に頷く。
頷かれて飛流は、安心した様に微笑んだ。
「あはは、私もこれで安心だな。」
飛流は、笑う長蘇をぎゅと抱き締めた。
何かが何時もと違うのを飛流は感じているのか、分身を長蘇の側に置こうが、飛流には何か不安があるのだろう。
長蘇を包む飛流の腕に、力がこもる。
長蘇は飛流を抱き返して、あやす様に背中を軽く叩きならがらそっと飛流に言った。
「私は大丈夫だから、景琰を頼むぞ。」
飛流は無言で頷いた。
飛流の腕の力が緩み、長蘇から離れた。
そのまま後退って、廊下まで出ると、飛んで行ってしまった。
「飛流、、、。」
こんな飛流は初めてで、長蘇の心に寂しさが湧き上がった。
飛流が去った事で、髪の毛の飛流は途端に表情が乏しくなり、立ったままで動かなくなった。
「飛流?。」
だが、名を呼べば、乏しいなりに長蘇の方を向いた。
──頼むぞ。──
髪の毛飛流はこくりと頷いた。
「さて、、、私は自分のすべき事を成さなければな。
黎綱ー!!。」
廊下から配下の黎綱が現れた。
「宗主。」
黎綱は拱手を終えたが、長蘇が違う衣を着ていたのに気がついた。
絨毛入りの衣だが、黎綱の目には薄着に見えた。
「宗主、薄着の様ですが、お寒くはありませんので?。」
黎綱は急いで、毛皮の付いた厚い外套を手に取り、長蘇に羽織らせた。
黎綱は、長蘇の顔色を見て驚いた。
「宗主、顔色がとても良いです。」
黎綱には長蘇の調子の良さが嬉しい。
「そうか?。」
笑って、黎綱の言葉を流す長蘇。
「靖王府へ行く前は、顔色が良くありませんでした。
靖王府で何かお飲みになったので?。」
長蘇の健康を預かる上で、何をしたのか知りたい黎綱だった。
「まぁ、、、茶を少々、、、な。」
「おぉ、靖王殿下が茶を!!。
宗主、靖王殿下に苦労してお教えして、報われましたね。
それにしても、宗主の血色がこれ程、良くなる茶があるとは。
後で伺わねば。」
「ぅん、、、まぁ、、そんな所か。、、ハハハ、、、。」
──バカ、伺うな!!!。──
何を飲まされ、何をされたかは、黎綱にはとても言えなかった。
「黎綱、長い間、ご苦労だった。」
「は???、宗主、一体、何を、、、、。」
改まった表情で言葉をかける長蘇に、黎綱は悪い予感が奔(はし)る。
そんな黎綱の予感とは裏腹に、いつに無く優しげな微笑みを湛(たた)える長蘇。
「江左盟は、今をもって解散とする。
これから先、朋友の皆は自由の身となる。」
「宗主!!!。」
黎綱は耳を疑った。
長蘇は微笑みを崩さずに、言葉を続けた。
「江左盟の朋友に通達をしろ。地方の支部にも全てだ。支部の建屋に残る事は許さぬ。
今後は江左盟を名乗る事も禁ずる。
江左盟の痕跡を消し去るのだ。
これは厳命だ。」
「宗主!、一体、何が起こるのですか!!!」
長蘇の微笑みは一転、冷ややかなものに変わっていった。
これからの言葉には、威厳があった。
「地下通路は靖王府もここも既に閉じた。
この蘇宅も閉めろ。
今直ぐに、蘇宅の者は全員、ここから退去せよ。」
「宗主!!!。」
「金陵は夏江の叛乱軍に攻められる。
フフ、夏江の企みなぞ、私が阻止してやる。」
「宗主!!!、私も行きます!!!。
お願いです!。
どうか共にお連れを!!!。」
黎綱は、長蘇の足元に平伏して懇願した。
長蘇は、必死な黎綱に健気さを感じてしまい、似つかわしく無さについ笑ってしまった。
「あははは……。」
すぐ側にいる筈の長蘇の笑い声が、何故か遠のいていった。
異変に黎綱が顔を上げると、長蘇と飛流の身体は、黎綱の目の前で薄れていった。
「ぁぁぁ!!!、宗主ー!!!。」
「宗主━━━━━━!!!、
うああああああああ━━━━━━━!!!。」
黎綱は長蘇を行かせまいと、必死に縋り付いた。
黎綱は衣を掴み、長蘇を抱き締めて、引き留めは成功したかと思われたが。
中身の長蘇はおらず、黎綱は外套を抱き締めていた。
「宗主!!!、宗主!!!、宗主━━━!!!。
嫌です!!!、宗主、何処に!!!。」
悲痛な黎綱の叫びが、蘇宅の書房に響き渡った。
「私は探してでも宗主についていきます!!!。」
黎綱
黎綱は心に響く長蘇の声を聞いた。
「宗主!!、何処です!!。
見捨てないで!!!。
宗主無しでどうしたら良いのですか!!!」
黎綱、一刻を争う
朋友の命の安全を第一に考えるのだ
頼りにしている
急げ!!!
「宗主!!!。」
ぷつりと、心に響く長蘇の声は途絶え、書房は静まり返った。
黎綱の手の中には、長蘇の外套が。
急に消えてしまった長蘇を思って、黎綱の眼に涙が溢れ、ぽたりぽたりと、衣を濡らした。
「う、ぅ、、、ぅ、、、、宗主、、、。
宗主こそ、私がお世話せずに、生きていけるんですか?。」
無茶ばかりする長蘇への心配と、自分よりも配下の安全を守ろうとする男気に、黎綱はただ自分の無力さを感じていた。
涙は止めどなく溢れてくる。
「ぁぁ、、、去ってしまわれた、、、。」
こんな日が来る事を、何となく予感していた。
黎綱が思っていたよりも、突然に訪れた。
黎綱は袖でごしごしと涙を拭いた。
そして長蘇の外套を、いつも長蘇が座っていた肘掛けに、丁寧に掛けた。
長蘇が座っている様にも見えた。



