女王と影武者
周りの人々が立ち上がり、謁見の間から立ち去ろうとする。
未だぼーっとした思考のロイも、人波に流されるまま広間から吐き出された。
いつの間にかフェイレンやフェイロンとも人垣のせいではぐれてしまって、ぽつんとロイだけが一人。
「ロイ!」
それを呼び止めた声に、ロイははっと我に返る。
辺りを見回すと、広間の袖の方から、ロイを手招きするファルーシュの姿が目に入った。
いつもだったらその嬉々とした笑みを浮かべた表情になんて、寄り付こうとさえ思わないのに、それほどまでに思考が働いていなかったのか、ロイはふらふらとファルーシュのいる方へと近づいていく。
その様子にあれ、とファルーシュも首をかしげたようだが、それよりも首に縄を付けて引きずる手間が省けたことに喜ぶようで。
「ねえ、ロイ、ちょっとこっちに来てもらえる? どうしても最後にやっておきたいことがあるんだ!」
満面の笑みのファルーシュに対し、ロイはそのどうしてもやっておきたいことを聞くことすらせずに、ただ機械的に首を縦に振った。
肩に腕を回されて、ロイとファルーシュは広間から太陽宮の奥へと進む。
太陽宮の右翼二階へ上がると、なぜか忙しなく立ち働いているはずの女官や侍従がぞろぞろと群がり、ファルーシュとロイを出迎えた。
「な、なんだっ……!?」
ここにきて、ロイはやっといつもの調子に戻ったのか、異様な太陽宮の様子に思わず身をひいた。それもそのはず、群がった一同が皆ロイのことをじろじろと見つめるのだから。しかも、興味本位で騒ぎ立てるならまだしも、皆まじめ腐った表情で無言のまま。
はっきり言って、怖い! 気持ち悪い!!
見かねたファルーシュがそんな一同に苦笑しつつ
「ほら、みんな、ロイが驚いてるじゃないか。まだ仕事が終わったわけじゃないんだから、自分の持ち場に戻る」
せかす様に追い立てれば、集まった一堂ははっと我に返って王子に申し訳ないと謝罪しつつ、そそくさと立ち去った。
一瞬で、王宮の中はいつもの平穏さを取り戻した。
「ごめんね、ロイ。みんなロイがどんな人間か気になるみたいで、やっぱり」
いや、長年王子に仕えてきた者たちのその気持ちもわからなくはない。わからなくはないが……。
「さすがに、あれは怖ぇよ……」
げんなりと肩を落とせば、
「あははっ、まあ、みんな気はいい人たちばかりだから」
と、のんきに笑って返す。
「はあ、王宮ってのは、やっぱよくわかんね……。何するんだかわかんねーけど、さっさと終わらせて帰らせてくれよ?」
「まあまあ、そう言わずに。観光にでもきたと思って許してよ」
どこが観光だ。
言い返してもこの王子にはかなわないと知っているだけに、何か言う気も失せる。
それにしても……。
廊下を歩きながら、ロイは居心地悪そうに辺りを見やった。
そこかしこに立っている衛兵や、歩きすぎていく侍従、女官。すれ違うたびに、先ほどと同じ視線を感じる。これではおちおち下手なこともできやしない。
が、ファルーシュはさすがに生まれ育った環境だけに慣れたもので、特に気にした様子はなく歩いていく。
仕方なくロイもその後を黙ってついていった。
「ここがぼくの部屋だよ」
と立ち止まった扉は、レイクファレナ城のファルーシュの部屋の扉よりも、倍も大きいように思えた。
「で、王子さん、あんたの部屋に連れてきて何しようってんだ?」
「まあまあ、とにかく入って入って」
と後ろから押されて無理やり部屋の中に連れ込まれてしまった。
嫌な予感がした。
部屋に入ると、女官が一人、静かにたたずんでいた。その脇には……。
「……おい、王子さん」
そこにあったものを見てロイは唸った。
ファルーシュは相変わらずいつもの底知れない笑みだ。
「オレがあんたの影武者やるのは、もうおしまいって約束じゃなかったか?」
「だから、これが最後、ね」
おねがい、と、小首をかしげ、男にあるまじきかわいらしいお願いポーズを付けて、ファルーシュはにっこりとロイに迫る。
傍らの、王子の正装を手にした女官と共に。
「……はぁ〜〜っ」
ロイは盛大にため息をつき、肩を落とした。
「ったく! これでほんとに終わりだからな! オレはコレが終わったら、旅に出て、こんな七面倒な場所とはおさらばするぜ!!」
「ありがとうロイ! これでもリムも喜ぶよ〜」
「は!?」
ロイはその台詞を聞き返そうとファルーシュを振り返ったのに、その台詞は飛びついてきたファルーシュの腕に首を絞められ、かき消された。