女王と影武者
「なあ、ほんとにやるのか?」
既に慣れてしまった王子の戦装束ではなく、初めて着る王族の正装に袖を通しながら、ロイは横目で王子を見やり、そして返答を聞くまでもなかったことを実感した。
王子はにこにこと、いつも以上に幸せそうな笑みを浮かべ、ロイの着こなしから立ち居振る舞いの一つ一つに至るまで入念にチェックする。
「往生際が悪いよ。それに、いつもなら、おもしろそうじゃんってのってくるのに、ロイらしくもない」
「だってよ……」
相手は女王だぞ。しかも、まだ10歳の幼い……。そんな相手をだますのいくらなんでも気が引けないわけがないではないか。
だが、そう言ったところで、ファルーシュの反応はけろりとしたものだった。
「気にしすぎだよロイ。リムだったらきっと喜ぶと思うよ? それに、リムは絶対ぼくとロイを間違えたりしないしね」
とまあ、逆に自信たっぷりに、半分恋人の自慢でもするようにバカ兄っぷりを発揮してくれたのである。
「でもなぁ……」
ため息混じりに、改めて自分の姿を見下ろす。ファルーシュのふりをするのはもう慣れてしまったもので、本物より本物らしく振舞う自信だってある。
なにせ、あの王子はいつもぽやぽやしていて、戦場に出たときなんかは特に、ロイのほうが王子に見えたと兵士たちからも冷やかされたことがあった。
しかし、自信と罪悪感は別物である。
「なあ、やっぱり……」
「兄上〜〜〜っっ!!」
遠くからでも良く響く弾んだ子供の声がフロア中に響き渡った。
思わず背中に物干し竿でも突っ込まれたようにびくっとロイは背筋を正す。
「きたきた。じゃ、ちゃんとやってよ」
そんな姿を王子は面白そうに笑い、軽くウィンクを投げかける。
そこまでくると、いかにロイが止めようと言おうと無理。後は潔く腹をくくるしかない。
願わくば……あの10歳には到底思えなかったすばらしきファレナの至宝を悲しませないようにだけは……。
「兄上っ!」
そのときばんっと扉が叩き開けられた。
額に玉の汗を浮かせて、満面の笑みで駆け込んできた小さな少女が、愛する兄の姿を見つけてその顔を一層輝かせる。
「「お疲れ様、リム」」
そんなリムスレーアに投げかけられたのは、二人の兄の優しい微笑みと、差し伸べられた二つのあたたかい腕。
見事に重なった声がリムスレーアを誘い。
「兄上、兄上、兄上〜〜っっ!!」
「……」
「うわぁ、リムっ、待っ……!!」
直後ゴンッと鈍い音が床の辺りに響き、その激痛にのたうちまわることが無かった者は、見向きもされなかった腕を広げたまま硬直した。
「兄上、大丈夫か!? 兄上目を覚ますのじゃ、死んではいやなのじゃぁぁ〜〜っっ!!」
白目を剥いて倒れたファルーシュの上にのしかかり、リムスレーアは意識のない兄を激しく揺さぶる。まったくもって悪気なんてコレッポッチも無いのだろうが、さすがに、その辺でやめてあげろよと言いたくなる状態ではあった。
が。ロイはそんなことは意識の外。
「み、見向きもされなかった……」
これでも、リオン以外の人間なら完璧にだませるようになったし、他の人間のふりだって王子ほどではないにしろ、できるようになりつつある。この戦争が終わったら、演技の本場北の大陸に渡って、その真髄を学びにいきたいとだって思っていたのに。
それなのに……。
リムスレーアはまるでロイのことなど初めからいなかったかのように、その視界の隅にいれることすらなく、ロイの脇を通り抜け、ファルーシュに向かってお子様パワー炸裂で突撃していったのである。
がらがらと、ロイの中で何かが音をたてて崩れ去っていくようだった。
「兄上〜〜〜っっ!!」
そして、一人木枯らし吹き荒れるロイの傍らで、リムの悲壮な(?)叫びだけが、その部屋の中に響いていた。