女王と影武者
「あらあらあら、姫様ぁ、またおいたしちゃったんですかぁ?」
「ミアキス! 大変なのじゃ! 兄上が、兄上がぁ〜〜」
そんなのんびりとした声と涙交じりの必死な声が遠くから聞こえてきて、ファルーシュは意識を取り戻した。
未だぼんやりとした思考の中で、あれ、なんで僕はこんなところで寝てるのだろう、と考える。妙に後ろ頭が痛い。
とりあえず目を開けなければとうっすら開けたまぶたの隙間から飛び込んできたのは、涙でぐしゃぐしゃになった妹リムスレーアの顔だった。
「兄上! 大丈夫か?! すまんのじゃっ、わらわがいきなり飛びついてしもうたから〜……っ」
そしてまたファルーシュの胸にすがってリムスレーアは泣きはらしてしまう。
いつものこととはいえ、年々勢いが増していくような気がする妹に、さすがにファルーシュは苦笑い。
「大丈夫、だよ、リム」
とりあえずそう言えば、リムスレーア自身は無事な兄を確かめられて、許してもらえたからか、また笑顔に戻ってくれる。
それを見て、ファルーシュ自身もほっと胸をなでおろした。やはり、この子は笑ってくれていたほうがいい。ぎゅっと愛しい妹を、ファルーシュは抱きしめた。
「あのぉ〜、お取り込み中申し訳ないんですけどぉ〜、コレをどうにかしていただけませんかぁ? 王子ぃ〜」
ふいにミアキスの間延びした声に我に返る。そういえば、ここにいたのはリムと自分だけではなかったことにやっと思い当たるファルーシュだった。
「ミアキス、さすがに、コレはないんじゃないの?」
「いいんですよぉ、コレで」
と、コレなるものをミアキスが指し示す。その指先には、みごとにリムスレーアに見向きもされなかったロイが、周りの事態など気づきもしない様子で、がっくりとうなだれていた。
「ロイ……」
さて、どう声をかけたものか。きっと、リムスレーアに眼中にすら入れることなく通り過ぎられてしまったために、プライドの高い彼はかなり、ショックを受けているのだろう…。
「あの、ロイ、まあ、こんなことも、あるよ?」
だから元気を出して? と、せっかくファルーシュが慰めようとした矢先だったのに。
「ん? 何じゃ? もう一人おったのか? あまりにおとなしいゆえ気づかなんだぞ」
朗らかに子供らしい素直さでリムスレーアがずばっと言ってしまう。
ファルーシュはロイの暗い気をまとったその頭上から、そのとき特大の岩石がロイの上に振ってきたのを見たような気がした。
「ごめんよ、ロイ」
思わずぼそりと、妹に代わって謝りたくなったファルーシュであった。
「ところで……そなた何ゆえに兄上と同じ格好なぞしておるのじゃ?」
きょとりと、リムスレーアがロイの格好に気づいて首をかしげる。
ぎょっとしたファルーシュはとっさにミアキスに助けを求めたものの、ミアキスは知らんふり。確実に、この状況を面白がっていた。
そういえば、ミアキスとロイはとある一件で仲が悪いと言うか、ロイがミアキスにいじめられているというか……。
同じ顔であるだけに、ロイが不憫になってくる。
とにかく、どうにかフォローをしないと、このままではロイが立ち直れなくなってしまうかもしれない。そんなことをしたら、ロイをリムスレーアに見合わせたファルーシュの責任になるわけで。
「あのね、リム。彼はロイって言って、ぼくの影武者をやっててくれたんだ」
とりあえず、事情説明をしなければと、つとめて穏やかにひっついたままのリムを引き剥がしたとたん。
「アレで影武者かえ!? 兄上とどこが似ておると言うのじゃ?」
あ。と思わずにこやかな笑みのままファルーシュは硬直した。
ロイが一層どんよりしたような方角を、向きたくは無かった。
「……えぇっと」
「そうそう、ロイ君はぁ、王子のフリをして山賊をやっていたんですよ〜」
せっかく自分がどうにかしようと凍った頭をフル回転でフォローしようとしているのに、更に泥沼になりそうなよけいなことを、明らかに面白がっているとしかいえない態度で、ミアキスは付け足してくれる。
「なんと、山賊じゃと!? けしからん! 兄上の名を貶めるようなものではないか!!」
そして、やはりリムスレーアの反応は決まっていた。
ああ、もう、これは自分にはどうしようもなさそう。
リムスレーアの怒りに、もう心の中でロイに謝るより他にできることはないファルーシュだった。
「ミアキス! その獲物をよこせ! このような不届き者、わらわが成敗してくれる!」
「これですかぁ? はい、どぉぞぉ」
「って、ミアキス!?」
ミアキスが、愛用の小太刀を不用意にもリムの小さな手に渡そうとして、ファルーシュは飛び上がった。
「ちょ、駄目だからリムーーっっ!!」
そのままずしずしロイに詰め寄ろうとするリムスレーアに、慌ててファルーシュは追いすがった。その間にも、リムスレーアの手にする小太刀は振り上げられる。
「天誅ーーー!!」
はたして、ロイの運命やいかに。