クリスマスの齟齬
気を引き締めなおしたとき、遠くから女性の声が飛んできた。
「おーい!グラン、ガウェイン殿、交代だ!」
「休憩してくださーい!」
振り返ると、トナカイのカタリナとサンタのルリアが小走りで近付いてくるところで。
…ネツァワルピリが部屋に誘った中の一人が、カタリナだった。
ガウェインは表情を消して、頷く。
グランに看板を渡してさっさと持ち場を離れてしまいたい本心を隠し、最低限の大人の対応としてカタリナに手持ち看板を手渡した。
「頼んだ」
「ああ、寒かっただろう。温まってくるといい」
男勝りな物言いと、騎士然とした堂々たる振る舞い。そして百人が百人それと認める美人。トナカイになっても美人は美人なのだから恐れ入る。
いわゆる女性らしさというものはあまり持ち合わせていないものの、頼もしい姉御肌であるところの彼女に惹かれる男も多いだろう。
ガウェインは踵を返して、その場を離れた。
背中にグランの心配そうな視線が注がれていることも気がついていたが、サンタ服にはしゃぐルリアの相手をしている少年は追いかけてくることはなかった。
そのことにこっそり安堵する。これ以上不甲斐ない姿は晒したくなかった。
「……」
依頼は寒空の下であることから短時間の交代制としていた。
二時間後にはまたトナカイに扮して彼女たちと代わり、二時間の呼び込み宣伝を経て、自分に割り振られたぶんは終了する。
時刻は、ちょうど昼。腹は減っていない。
適当に街を見てまわるといっても、どこも賑やかで敬遠してしまう。自分が一人だからだろうか、普段は特に感じないような笑い声や喧騒も、ただ騒がしいだけの雑音に思えて不快だった。
行くあてもないし艇に戻るかと、グランサイファーが停泊してある方角に足を向けたが、そこで動きが止まる。
艇には、あいつがいる。
私用があると言って、今回の依頼には不参加となっているあいつが。
今日は朝からカリオストロを部屋に引き入れている。知りたくもなかったが、ちょうど喫茶スペースから戻ったところで文句を吐く彼女を宥めながら部屋に消えていくネツァワルピリを目撃していた。
「お兄さん!ちょっと見ていかないかい?」
不意に横合いからエルーンの青年に声をかけられた。
緩慢に首を巡らせると、人当たりのいい笑顔でその青年は歩み寄るなり、閉じていた手をガウェインの胸の前でぱっと開いてみせる。
手のひらには、ふたつの指輪とネックレスがひとつ。
「彼女さんへのクリスマスプレゼント、もう決まった?」
なるほど彼は宝飾店の店員らしい。
シンプルなデザインの指輪は俗にいうペアリングというやつで、片一方はやや無骨に、もう一方は細身に作り込まれている。ネックレスのほうは華奢なチェーンに、小粒の石があしらわれた金属のプレートがついていた。
ぼんやりとそれを眺めていたが、特になんの感情も湧かずに無視して歩き出そうとすると、同じ速さで店員がついてくる。
「あ、もう買っちゃった?どんなのにしたか、参考までに聞いてもいいかな」
「……」
「お兄さんみたいにカッコイイ人がどういうものを選ぶか、勉強したくてさ」
「……」
「彼女さん、どういうタイプ?やっぱり美男美女のカップルなんでしょ?大事にしたいよね」
「……」
「雰囲気づくりとかお兄さん絶対うまいでしょ。そのタイミングでもう一個、サプライズプレゼントとかしたら最高じゃない?」
…しつこい。
周りに客になりそうな男などそこかしこにいるのに、エルーンの店員はひとりでぺらぺらと捲し立ててくる。
ガウェインはぴたりと足を止めると盛大な溜め息をつき、じろりと相手を睨みやった。
「恋人なんぞいない。失せろ」
「えっ…、またまた、そんな謙遜…」
一瞬たじろいだ様子を見せた店員だったが、それでも食らいつく姿勢を見せたとき。
店員がいる側とは逆。完全に死角となっていた斜め後ろから、唐突に腕を掴まれて引っ張られた。
「ガウェイン殿」
たたらを踏んで、逞しい胸に肩をぶつける。見なくたって、誰かなど声でわかる。驚きに心拍数が跳ね上がった。
「な…なんで…」
顔を上げることができないまま混乱していると、まるでこちらを自身の身体の後ろに隠すように誘導して、ネツァワルピリは店員を見下ろした。
「我の連れに、あまり絡まないで頂こう」
ただでさえヒューマンの中でも規格外な長身に、恵まれたガタイと低い声。
そこに有無を言わさぬ口調と迷惑そうな険しい面持ちが合わされば、尻込みしない者はいないだろう。…普通に怖い。
「す、すみませんでした…っ」
店員も鼻白んで後ずさり、勢いよく頭を下げると足早に戻っていった。
その背をじっと見送っていたネツァワルピリは、興味がなくなったとばかりにあっさり視線を外してこちらを覗き込んでくる。
「災難であったな、すまぬ。我がもっと早く来れば良かった」
顔を見られたくなくて、俯く。
「…王の威厳をこんなことに使うな」
「はっはっは!王たる者、やはり貫禄がなければな!」
普段と変わらず、屈託なく豪快に笑うネツァワルピリ。
安心感と、それ以上の切なさに感情がぐちゃぐちゃになって、ガウェインは震える喉を叱咤して努めて平静を装う。
「…助かった。じゃあな」
短く言ってその場をあとにしようとすると、慌てたように掴まれていたままだった腕を引かれた。



