クリスマスの齟齬
「待たれよ、このあと少し良いだろうか」
「っ…、」
心臓が、嫌な音を立てる。
なんの用かなんて、知りたくない。
たとえ心がもうなくても、形だけでもまだパートナーとして繋がっていたい。
何も知らないふりをするから。
誰と何をしようと責めたりしないから。
都合の良い相手として、頑張るから。
「依頼がまだ残っている。俺はもう行くぞ」
どくん、どくん、と、鼓動が乱暴に胸を内側から殴りつけてきて痛い。
まともに呼吸ができず、息が上擦りそうになるのを必死に隠す。
早くこの場を離れて、逃げなくては。
歩き出すと、腕は別段強く掴まれていたわけでもなく、抵抗なくするりと指は離れた。
温もりが離れて、あっという間に冷えていく。
「では今宵、時間があいたときで構わぬ、我の部屋に来てもらえぬだろうか」
「……時間があったらな」
ぼそりと落とした返事が相手に届いたはわからない。
ガウェインは振り返らず、意図的に雑踏に紛れ込んだ。
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結局艇に戻ることもできなくなったガウェインは、あてどもなくふらふらと街の中を歩きまわって時間を潰し、無心で残りの依頼を終わらせ、適当に宿をとった。…すべては、ネツァワルピリに会わないためだ。
言うまでもなく、グランにはものすごく心配された。
余程酷い顔をしていたのだろうか。
色々と質問をされた気がするが、何を訊かれて何を答えたのか覚えていない。
特に考え事などしていないはずなのに頭の中がいっぱいいっぱいで、なんだか非常に疲れた。
食欲もさほどなくて、あてがわれた部屋のベッドに四肢を投げ出してぼすん、とうつ伏せに沈む。
依頼は明日と、クリスマス当日である明後日まで同様に続く。
つまり明後日まではどうにかネツァワルピリから逃げ回ることはできる。問題はそのあとだ。
「……はあ」
…逃げ回るってなんだ俺。
己の思考に嫌気がさす。
逃げてもなんの解決にもならないだろうが。あいつの気持ちがそれで変わるわけでもなし。
むしろ、女々しく逃げることで面倒な奴だと更に呆れられるだけなのではないか。
「……はあー…」
もう何度目になるかもわからない溜め息を落とす。
ネツァワルピリがここ最近部屋に連れ込んでいる人物は、何も女性に限らない。
まずはカタリナ。
こちらは言わずもがなの美人だ。むさ苦しい男とは真逆の才色兼備。
ラガッツォ。
様々な背景のある男だが、粗野な風貌とは異なり仲間を思いやる心があり、面倒見も良い。
レ・フィーエ。
自分たちと同じく、古参の女性。煌びやかな外見と高飛車な物腰ではあるが、天然でおっちょこちょいな部分が可愛らしい。
そしてカリオストロ。
もとは男だったらしいが、今は自他共に認める美少女である。頭の回転も早く、豊富な知識と技術により怪我を負った際にはよく世話になっている。
…俺との時間が、彼女たちと過ごす時間より楽しいわけがない。
ほかにも誰かいるかもしれないが、いずれにしろあいつが俺との関係にけじめをつけた上で、そのうちの誰かと聖夜を過ごそうとしていることはわかる。
だったら、惨めったらしくしがみついていないで、解放してやったほうがあいつのためだろう。
…わかっている。それがあいつの望みで、その話をするために昼間は俺を探していたのだろうから。
……。
脳裏に、これまでの時間がよぎる。
力強い腕で抱き締めてくれた。優しく、激しく、求めてくれた。
最後に口付けをしたのは、いつだったか。
熱くなる目頭に、ぎゅっと力を入れる。
溢れそうになる思いを逃がすように、薄くひらいた唇から震える呼気を吐き出す。
そっと、指先で唇に触れる。かさついて、薄い、つまらない唇。柔らかく潤った感触とは程遠い。
しばらく与えられていない口付けや、奴の手のひらの感触、体温。それらを思い出して、肌がぞわりと粟立ち、腹が切なく疼く。
「……くそったれ」
吐き捨てるように毒づいて、身体を横に向けて丸くなる。
虚しいだけの劣情に蓋をして、夜が無為に過ぎていくのをひたすら待ち続けた。



