クリスマスの齟齬
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眠れないことを覚悟していたが、案外自分は図太いのかもしれない。
いつの間にか眠っていたガウェインは、ぼーっとするのもそこそこに支度をして依頼に向かった。
散々あれこれ考えて、答えなんて出ていないが随分とすっきりした気がする。
おそらく考えるべきことを考え尽くして、結果が見えていることを再確認してしまったから、心のどこかに穴が生まれたのだろう。
おかげで気持ちは落ち着いたように思う。
もうどうにもならないのだと、渋滞していたたくさんの想いをその穴に落っことして、諦めることができた。
「あ、ガウェイン!おはよー!」
サンタの服を着たグランが元気にこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
ずい、と昨日着たトナカイを突き出してくるのを、苦笑して受け取った。
「おはよう」
「…ゆうべ眠れた?」
「ああ、良いベッドだったおかげでな」
「よかった、なんか吹っ切れた顔してる」
「心配をかけた。悪かったな」
どこか窺うような色を交えた瞳で見上げてくるグランの頭を、くしゃくしゃと乱暴に掻き混ぜてやる。
嵩張る着ぐるみを着込み、看板を持って顔を上げた。
さて、これも仕事だ。
そう気持ちを切り替えた矢先。
「ガウェイン殿…!」
「えっ、ネツァ?」
風のような勢いで、ネツァワルピリが猛然と走ってきた。
内心ぎくりと身構えるが、ガウェインはなんでもないように振り返る。
「なんだ、朝から騒々しい」
「昨夜は帰らなかったのであろうっ?何かあったのか…!」
まさか艇から走ってきたのだろうか。
肩で息をするネツァワルピリの様子に、軋む胸を無視して笑顔をつくる。
「何もない。疲れたから近くの宿をとっただけだ」
「そ…それなら……良いのだが、」
ガウェインの反応にネツァワルピリはどことなく戸惑ったように、肩を掴もうとしていた手を触れるか触れないかの位置で彷徨わせ、一歩下がる。
そして何かに気が付いたようにこちらの上から下まで視線を走らせると、その一秒後には下がった三倍の距離を詰めて思いきり抱き締めてきた。
「愛い…!なんと愛らしい姿か!堪らぬな!」
「っおい、離せ、仕事中だ…!」
久しぶりのネツァワルピリの匂いに、心臓が早鐘を打つ。
それは着実に胸の奥に痛みを生んで、肺や気管を圧迫するように膨らんでいく。
腕を突っ張って相手の囲いから抜け、ぞんざいに看板を振り回して距離をとる。
変わらないスキンシップが、ひたりひたりと首を絞めてくるようで耐え難い。
「はっはっは!依頼先をきいて飛んできた甲斐があったというものよ!」
「ネツァもやってく?サンタの服、絶対似合うと思うよ」
豪快に笑うネツァワルピリにグランがそう提案する。
こいつと一緒など勘弁してくれとガウェインの口から抗議が飛び出す前に、ネツァワルピリ本人が苦笑いをしてかぶりを振った。
「すまぬが、所用があってな」
「あ、そういえばコルワと話してたよね」
「人手が足りていなければ吝かでないが、どうであろう」
…所用、ね。今度はコルワときた。
軽い調子で発せられる言葉が、ガウェインの心に影を落とす。
「人数は足りてるよ。見たかったなー、ネツァサンタ」
「何も面白くはないと思うがな!さて、ガウェイン殿の無事も確認できた。我はお暇しよう」
「うん、気をつけてね」
手を上げて挨拶を残し、来た道を引き返そうとして、ネツァワルピリはもう一度振り返った。
何か言いたげな視線をこちらに向け、立ち尽くしている。
その瞳は、どこか探るような深い色を称えている。まるで、心の中を覗き込もうとしているかのように。
「…なんだ」
居心地が悪くて、顔を逸らしてぶっきらぼうに訊ねる。
昨日と違って逃げることができないのがつらい。
ネツァワルピリは、ほんの僅かに双眸を細めると、少ししてから口をひらいた。
「…ガウェイン殿、今宵も待っておるぞ」
「……わかっている」
その後もじっとこちらを見つめていたが、やがてネツァワルピリは艇へと戻っていった。
「…あのさ、ガウェイン、」
おずおずと、グランが進み出る。
「ネツァにもさ、きっと何か考えがあるんだよ。みんなと会ってるらしいけど、それにはちゃんと理由があって…」
言葉を選びながら、辿々しく伝えようとしてくれる姿にくすりと笑う。
「勘違いするな。俺は何も気にしてなどいない」
「でも…」
「奴には奴の道がある。誰かの道と交わることもあれば、当然分かれることもある。それだけだ」
「……それって…」
察したように眉根を寄せる少年に優しく笑いかけ、ずれていた付け髭をなおしてやる。
「さあ、仕事だ」



