クリスマスの齟齬
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夜になり、ガウェインは前日と同じ宿で身体を休めていた。
さすがに何か胃袋に詰めたほうがいいだろうと、露天で軽食を買って食べたもののすぐに満腹になってしまい、残りは翌朝にまわすことにした。
シャワーを浴び、ベッドに腰掛ける。
また、要らぬ心配をかけてしまうだろうか。少しでも気にかけてくれていたら良い。そう思ってから、性懲りもなく未練がましいことを考えている自分自身を嘲笑った。
本当に、自分のことばかりだ。
ネツァワルピリでなくとも愛想を尽かすだろう。
さっさと布団に入って寝てしまおうと嘆息すると、コンコン、とノックの音が響いた。
「失礼致します。お連れ様がお見えになったので、ご案内致しました」
「連れ…?」
ドアの外からかけられる宿の者の言葉に、首を傾げる。
まさかグランが来たのだろうか。団長であるあの少年には、どこに宿泊するかは伝えてあった。
お節介の極みだなと苦々しく思いつつ、ドアをあけてやる。
「おい、お前が来たらみんなが……しん、ぱい…」
低い位置にあるはずの顔は、想定より遥か上のほうで。
ぎぎぎ、と音でもしそうなぎこちない動きで仰ぎ見る。
「うむ。心配で来たのだ」
「…ネツァワルピリ」
呆然とするガウェインを見下ろすネツァワルピリの表情は、少し険しい。
その様子に、ガウェインは生唾を飲み下し、覚悟を決めた。
「…入れ」
部屋の中へと促し、ドアを閉める。
使わないからと部屋の端に移動させていた椅子を相手の近くに置き、自身はベッドに座った。
素直に椅子に腰を下ろしたネツァワルピリに、淡々と訊ねる。
「どうやってここがわかった?団長か?」
「訊いても濁されるのが関の山であろう。我には優秀な相棒がいるでな」
どうやらクゥアウトリに尾行をさせていたらしい。今夜も帰ってくる気はないだろうと踏んでいたということか。
心臓が、痛い。
とうとう終わらせに来たのだという緊張と、来てくれたという喜びがない混ぜになるが、小さな喜びは大きな緊張、そして不安に飲み込まれてすぐに消えた。
「…で、なんの用だ」
格好悪く感情的にならないように、平常心を意識して。
ネツァワルピリはそんなこちらを注視しながら、おもむろにコートのポケットから何かを取り出した。
「これを、受け取ってほしい」
それは、手のひらに乗る程度の小さな箱。
思わぬ展開に固めた覚悟が揺らぎそうになるが、そういえば今日はクリスマスイブであったことを思い出す。
最後は恋人らしくしようということか。
合点すると、上がりかけた体温がすとんと下がる。
「…なるほど。餞別というわけか。せっかくだが、断る」
「…せ、餞別…とは、」
「そんなものがなくても、すっぱり諦めてやる。依頼でのサポートも無論今まで通りだ」
「っ、なんの…話をしているのだ…?」
こちらが先回りしてしまったからか、ネツァワルピリは動揺しきりで前のめりになって訊ねてくる。
ガウェインはというと、もう、息を上手く吸うことができないほど苦しかった。
脳に酸素が行き渡っていない。それでも口だけは、意思に反して滑らかに動いた。
「気遣いは無用だ。別れ話というやつだろう?これまでのことは感謝している。世話になったな」
「……」
「もっと早くに察してやれていれば、話の場を設けてやれたんだが…。悪かった」
「……」
「誰かを待たせているんだろう?今日はイブだからな。早く戻ってやれ」
何も言わずに、俯くネツァワルピリ。
優しいこいつのことだ。恋人を振ってさっさと立ち去るなんて薄情なことはしたくないのだろう。
帰りやすいようにあえて突き放した物言いをぶつけてやるが、相手は微動だにしない。
更に背を押してやるためにドアを開けようと、ガウェインが立ち上がってその脇を通り過ぎようとしたとき。
手首を強く掴まれた。予想外の強さに、びくりと身体が跳ねる。
「な…、」
「…お主が、何か思い悩んでいることは、薄々わかっておった」
俯いたまま、地を這うような、感情を押し殺した低い声が落とされる。
手首を掴まれたガウェインは、何を言われるのだろうという不安と恐怖で金縛りにあったかのように動けなかった。彼の纏う雰囲気が、静かな怒りを顕していることがわかり、身体の内側が真っ黒に塗り潰されていく。
きっと、嫌われた。
それだけがはっきりと頭の中に浮かび上がってくる。
「ひとつ、問いたい」
「……、」
普段見上げてばかりのネツァワルピリの鋭い眼差しが、下から突き刺さった。
目を、逸らすことができない。それすら出来ないほど、怖かった。空気がピリつく。
彼は今、怒っている。
「すべてが誤解だと言ったら、お主は信じてくれるのであろうか」
「ご…誤解も、何も…」



