クリスマスの齟齬
「……いや、すまぬ。」
不意にネツァワルピリは視線の矛を収めて謝罪し、手首を離すと立ち上がって正面から抱き竦めてきた。
「…怖がらせてしまった。我は、我が赦せぬのだ。この怒りは、己の浅はかさに対するもの。…震えずとも良い」
…そう。彼と対峙したときから、情けないことにずっと身体は震えていた。
宥めるように背をさすってくる手が、ひどく優しい。声音には労りと後悔の念が滲み出ていて、何か大きなすれ違いがあったことを自覚した。
ガウェインは自身を落ち着かせるために深呼吸をして、懸命に言葉を絞り出す。
「……多少の誤解はあったかもしれないが、俺との関係を終わりにしたいという点は変わらんのだろう…?」
だったら、どこからどこか勘違いかなど関係ない。
そう続けようとしたが、淀みのない声が遮った。
「そもそも、そこがまったく違う」
「……いや、十日近く俺を避けていただろうが」
ガウェインは生まれそうになる期待の芽を、自ら踏みつけて現実を直視することに集中する。
しかし、眼前の男は次々と新たな期待を芽吹かせてきた。
「これを用意するのに、思いの外手間取ってしまってな」
そう言って、ネツァワルピリは腕を緩めると先程の小箱をもう一度出してくる。今度は蓋を開け、中を見せてくれた。
綿の詰まった小さなクッションに、一組のピアスが刺さっている。
「…珍しい……デザインだな」
「我の手作りである」
「お、お前のっ?」
思わず素っ頓狂な声が上がってしまい、慌てて口元を手で押さえる。
対するネツァワルピリは照れ臭そうにはにかみ、鷹揚に頷いていた。
「他の団員たちから多種多様な知見を仰いでな」
「…まさか、毎晩誰かを連れ込んでいたのは…」
「つ、連れ込むとは人聞きの悪い……ああ、いや、しかしお主にそう見えたのなら、言い訳は出来ぬな」
渋面で呟くネツァワルピリを、ガウェインは半ば放心状態で凝視する。
彼曰く、まず騎士へのプレゼントとしてどんなものが良いか、元騎士であるカタリナに訊ねてピアスという方針が決まり。
どんな形のものが喜ばれるか、普段からピアスを身につけている男性ヒューマンであるところのラガッツォに意見を募り、自身にまつわるものが良いのではとのアドバイスから翼の一族に準じたデザインに決めて。
石をあしらうなら何が良いか、宝石を狂愛するレ・フィーエにサンプルを見せてもらってから、瞳の色味に近いエメラルドを選んで。
重要な金属部分の作りかたを、錬金術においては右に出るものはないとされるカリオストロに見せてもらい(当然錬金術など出来ない為、これは二人で地道に道具を駆使して頑張ったらしいが)、理想の形に仕上げて。
本当ならここでプレゼントととして渡すはずだったところを、こちらが夜の訪問をすっぽかしたことで一日の猶予が生まれ、最後に出来の確認をデザイナーのコルワに依頼した、と。
長々と聞いた話によると、粗筋はこうだった。
「じゃあ……俺に飽きたり、愛想を尽かしていたわけじゃないのか…?」
ネツァワルピリが言ったとおり、本当にすべてが誤解だったわけだ。
身体から、これまで蓄積されてきていた様々なものが抜け出ていって、一気に脱力する。
不安、恐怖、葛藤、覚悟。それらすべて、意味のないものだったということだ。
安堵の溜め息とともに呟くと、額に触れるだけの口付けが落とされた。
「我が愛する者は、後にも先にもガウェイン殿のみである」
「…ん、待て。それでも距離はとっていただろう。ずっとろくに会話もしていなかったぞ」
愛する者という言質をとっても、完全に安心はできない。
避けられていたというほどでもないが、実際に違和感はあったのだ。思えば会話が減ったというところから疑念が生じたような気もする。
すべての不安を払拭したくて、細かいことでも確認せずにはいられない。
ここぞとばかりに問いただすと、ネツァワルピリは言いにくそうに目を泳がせた。
「それは…、お主と過ごせば、我はお主を欲しがってしまう。その際調子に乗って、計画をあれこれ話してしまうと思ったのだが……やはり、不自然であったか」
「…だいぶな。てっきりもう俺とは話すらしたくないのだと思ったぞ」
「そ、そのような…!」
そして味見の如く団員たちを取っ替え引っ替え連れ込んでいたと思っていた。…とまでは言うまい。奴の沽券に関わる。
相手を責めたいわけではなかったが、ガウェインは自身が苛まれていた鬱陶しい想いをほんの一部だけでもわかってほしくて、ネツァワルピリの顔を両手で挟んで強引に目を合わせた。
「…人の気持ちを推し量ることが苦手なのは俺の専売特許だろうが。貴様が一緒でどうする」
「……誠、申し訳ない」
ネツァワルピリからは、先程までの空気を揺るがすような怒りはもう消失していて、今はすまなそうに形の良い眉を下げてしょんぼりしている。
体裁を顧みず、ただこちらを傷つけてしまったということに反省するその姿に、ガウェインはようやく心から安堵した。
同時に、悪戯心が頭を出してそっとほくそ笑む。
「散々俺の中を滅茶苦茶にしてくれたんだ。お仕置きが必要だな」
「お、お仕置き…とは…」
顔を両手に潰されたまま神妙に訊き返してくるネツァワルピリに、ガウェインはにんまりと笑ってみせた。
「今から、俺の言うことだけを聞け。勝手に動くことは許さん」



