飲まない理由
「ふむ。そういえば我も宴以外でガウェイン殿と飲んだことはなかったが…、大丈夫か?」
「…ふん。貴様らに心配されるほど柔ではない」
誰かとというより、そもそも普段酒など口にしない。
宴の席では付き合いで飲むこともあるが、それも周囲が騒がしくなってくる前には撤退して、ひとり自室で過ごすのがお決まりだ。
…なので、実際自分がどれだけアルコールに耐性があるのかわからないというのが正直なところだった。
しかし今はこの二人と過ごすゆったりとした時間が心地良く感じ、自然と飲み物にも手が伸びる。
そしてファスティバが小出しにしてくるささやかな小鉢料理がまた酒を進めてくる。なんともいえない秀逸なつまみの役割を果たしていた。
「ガウェインさん、少しお冷挟んだら?」
「お冷だと?必要ない。何か果実酒があればもらいたいくらいだ」
やんわりと水を勧めてくるファスティバの言を片手を振っていなし、彼女の背後の棚に所狭しと並べられるボトルたちを、大柄な肩越しに視線で物色する。
そんなガウェインにネツァワルピリがずいと顔を並べるように近づけ、びしっと棚の一角を指差した。
「ガウェイン殿!果実酒ならばお勧めがあるぞ!」
「あ、これでしょ。鷲王さん、これ好きよね。」
すぐに察したファスティバがくるりと一度背を向け、ネツァワルピリが指し示していたものであろうボトルを手に取る。
が、唇を尖らせて眉尻を下げ、思案げに唸った。
「うーん…でもこれ、ちょっと強いのよねぇ…」
「構わん。こいつが飲めて俺が飲めない道理などない」
ガウェインがすぐ真横にあったネツァワルピリの頬に頭をぐりぐりと押しつけて言うと、「うぐぅ」と潰れた蛙のような声が近くから聞こえてきた。
抵抗もせずに受け止めてくれる男の態度に楽しくなってくる。
「道理しかないと思うがな…」
「同感よ」
苦笑気味に呟くジークフリートとファスティバの言葉を鼓膜の表層で受け流す。
なんだかひどく気分が良くて、突っかかる気にはならなかった。
「ファスティバ殿。万一のときは我が責任をもって介抱しよう。少しだけ、注いでもらえぬか」
心地良く聴覚に馴染む低音。この声が好きだった。
「…うーん、そうね。楽しく飲めるなら、少しくらい羽目を外しても良いわよね」
困ったように笑いつつ、ファスティバは根負けしたとばかりに肩を竦めて丸底のグラスを二つ取り出した。底から細く華奢なガラスの支柱が伸び、その先はテーブルに置けるよう平たく広がっている。
ボトルが傾けられ、うちのひとつは半分ほどまで白濁の液体が注がれたが、もうひとつはほんの指先程度だけ。
どちらがどちらのものなのか一目瞭然で、ガウェインはぶすくれた。
「…そんな少しでは味などわからんだろうが」
「ガウェイン殿、果実酒とは本来、微量を口に含んで香りや舌触りを楽しみながら嗜むもの。口に合うかもわからぬうちはそれが適量であろう」
落ち着き払った好きな声に諭されると反論できず、そういうものかと目を眇めてグラスを手に取る。
まずは匂い。
エールとはまったく異なる、つんと鼻や喉を突く酸っぱい匂いにきゅっと眉間に力が入った。
次いでグラスに口をつけ、軽く煽ってみる。ネツァワルピリは微量と言っていた。言われたとおり少しだけ口に含んでみて、舌の上で転がす。
……。
しかしガウェインは、すぐにそれを飲み下した。
「…渋い。」
素直に感想を溢すと、一拍置いてからこちらを見守っていた三名が吹き出すように笑った。
その反応にむっとしながらガウェインはグラスをテーブルに置いて押しやる。
「おい、本当にこれが好きなのか?渋いし喉は熱いし…」
「初めてならばそう思うのも致し方ないとは思うが、お主にはカクテルのほうが合うやもしれぬな」
「……カクテルだと?」
カクテルなんて女々しい飲み物、酒とは呼べないだろう。侮蔑的な物言いになってしまいそうで、音にする前になんとか胸の内に押し留めたが顔には出ていたようで。
胡乱げなガウェインの視線をファスティバが受け止めて鷹揚に頷いた。
「カクテルだって立派なお酒よ。度数の高いものもあるし、試してみる?」
「ふん。俺はこれで良い」
なんとなく悔しくて、ネツァワルピリのほうへと出された果実酒のグラスを自身の手元に引き寄せる。
ジークフリートがそれを見て枝豆の皿を寄越してきた。
「何かをつまみながらのほうが進むだろう」
「ジークフリート殿、あまり勧めるのも…」
「もしものときは、貴殿が介抱するのだろう?」
それはそうだがなどと珍しく口篭るネツァワルピリを尻目に、ガウェインは差し出された枝豆を有り難く頬張りつつグラスに口をつけて傾ける。
「…なるほど。食いながらのほうが渋みが和らいで飲みやすいな」
「ガウェイン殿、顔が赤くなってきている。少しペースを落としたほうが良い」
「大丈夫だ。ファスティバ、あれだ……チーズか何かがあればくれ」
「あるわよぉ。でも、お酒はちょこっとね」
やんわりと釘を刺されたものの、結局ちょこっとをちょこちょこと注ぎ足す形となり、気づけばそれなりの酒量を摂取していた。



