光と影
その後、戸惑いながらも隊士たちが離れていく足音を耳にしながら、猗窩座は鬱蒼とした林をぐるりと見渡した。
拝殿の後ろを守るかのように広く構えた林は、主に背の高い杉で構成されているようだった。
北西に面していることから、冬の強風を防ぐ意味合いが大きいと思われる。
大きな神社だったようだし、参拝者もそれなりに多いのだろう。立地を考慮するほど重要視されているとなれば、この一帯も管理された上でこの林を維持しているのかもしれない。
そういえば先程吹っ飛んできた参道も、落ち葉や小石などは綺麗に掃き出されていた気がする。
日頃からここを訪れる人間が少なくないことを物語っていた。
「ところで、君は何をしに来た?何か急ぎの用事だろうか」
薄暗くてもそうとわかる清々しい微笑に、ちょうど日が出始めた頃合いかと考えつつ、緩くかぶりを振る。
「いや。色々あってな…。少し杏寿郎の顔が見たくなった」
「なるほど。衝動的に来たというわけか。しかし今後はもう少しゆっくりできるときに来ると良い」
「そうだな、俺も会って早々投げ飛ばされるのは御免だ」
煉獄の体捌きは素晴らしいものだったが、思い出すと笑えてきてしまう。一体自分たちはどんな挨拶をしているのやら。
しかし刺激的な邂逅のおかげで先程のもやもやはどこかに吹っ飛んでいったらしく、胸の内は随分とさっぱりしていた。
やはり気持ちの良い奴と言葉を交わすのは気分が良い。
と、そこで煉獄がその場にどっかりと座り込むので、猗窩座は小首を傾げる。
「お前は帰らないのか?」
「うむ、危険を犯して俺に会いにきてくれたのだろう。それに君に会うのも久しぶりだ。少し話ができればと思ってな」
「それは素晴らしい提案だ」
にっと笑って、猗窩座も同様に胡座をかいて座った。
太陽が徐々に昇ってきたことで、木々の輪郭が金色に縁取られていく。
視界の端にそれを捉えた猗窩座は、東の空を振り仰いだ。暖かそうな温もりを思わせるその光はまるで煉獄の髪色のようで、無意識に目を細める。
「……美しいな」
「そうだな。夜明けだ」
つい思ったことがそのまま口を突いて出てしまったが、訝しむことなく共感してくれる相手の姿勢が心地良い。
…すべてを包み込んでくれる。まるで日の光だ。
杏寿郎は、本当に陽だまりが似合う男だと思う。俺には水たまりが精々だろうが、そんなことを口にすればまたどんな煉獄節が炸裂するかわからないため、黙っておくことにした。
陽だまりと、水たまり。
昼と、夜。
日向と、日陰。
正義と、悪。
俺たちは、つくづく正反対な存在だ。
「…なあ杏寿郎、ひとつ訊いても良いか」
「わざわざ断るとは珍しいな。なんでも訊くと良い!」
「……お前、やりたいことはないのか?」
飢餓から脱した際に、思った。
杏寿郎は、家柄によって生まれたときから鬼殺の道のみを示されてきた。当たり前のように剣術を磨き、鬼を狩るためだけにこの歳まで生きてきたのだ。
しかしこいつの真っ直ぐさや面倒見の良いところ、判断の早さや頭の良さは、人間社会で生きていく上であらゆる可能性を秘めている。
大抵のことなら卒なく出来てしまうだろう。
鬼を狩る傍らで、普通の人間たちの生活を羨んだりすることもあるはずだ。
こちらの問いに煉獄は思案げに腕を組んだ。
「今やりたいことといえば、腹一杯食事をすることだが…。君が言っているのはそういうことではないのだろうな。」
…腹が減っているのか。
まあ、夜通し任務に当たっていたのだから空腹なのも当然か。
自分自身先程まで腹が減りすぎて理性が飛びかけていたとは言えず、猗窩座は失笑した。
眉間を寄せて、煉獄が軽く頭を傾ける。
少しずつ陽の光が伸びていく。
「ふむ…存外難しいな。全国の美味いものを食べまわってみたいとも思ったが、任務の際には遠方の名物もきちんと腹に収めている」
「くくっ、さすが、しっかりしているな」
「やはりその土地のものは格別だからな」
「たいして違いなどわからんだろう」
「気持ちの問題だ!」
「くははっ」
否定はせずにあっけらかんと言い切る煉獄に、思わず声を上げて笑う。
そんなこちらに気を悪くすることもなく、煉獄はふむ、と顎に指先を添えた。
「商売や畑仕事にも興味はあるが…、そうだな…」
「考えたこともなかったか。」
思考を巡らせる煉獄の姿に、猗窩座は納得したように頷いた。
それもそうだろう。他の道など、考えるきっかけでもなければ見えてくるものではない。
そしてきっかけとは、彼の場合鬼殺隊を抜けることを想定しないと得られないのだから。
「変なことを訊いた。悪かったな」
「いや、答えられずに申し訳ないが、面白い質問だった!」
目を伏せる猗窩座に、煉獄はぱっと笑顔を向けてくる。



