五条悟が苦悩しながらも青春を謳歌し大団円を迎える話:黎明前編
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──それは、美しい毛並みをした一匹の白猫だった。
高専の地下深くに存在する巨大な結界空間、薨星宮(こうせいぐう)。
本来、私が招いた者しか入れないその場所に、一匹の白猫がやってきた。誰かなどと、悪意なくそんなことが出来るのは僅かしか心当たりがない。
「──君か。久方ぶりだな」
彼女は誰よりも優しく、白い百合の花のように美しく、絶望に囚われそうになる私に、希望を示してくれる。
「久しぶりね」
ふわりと白猫の姿が変化した。白い着物を着た女性の姿に。
「安定したようだな。以前、訪れた時とは別人のようだ」
「そうなの! とうとうやり遂げたわ」
微笑みを返す彼女につられて、私の表情も僅かに変化の兆しがあった。何かあたたかなものが、内側に触れるような。
「……相変わらずここは殺風景なところね」
「そうだな。そうかもしれない」
「なら夢をみましょう」
「夢?」
夢の見方なんて遠い昔に忘れてしまった。
「大丈夫よ天元、私の手をとって」
恐る恐る彼女の手に触れると、心地よい風が吹き抜けていく。周囲は静かな中庭のある日本家屋へと変化した。そして私の身体も……まるで人として生きていた頃のようだ。
これは彼女にしか出来ない領域展開、対象に夢として全ての事象を受け入れさせる。強制されるものではないから強い力ではないが、対象の切望するものを見抜き展開される内容を拒むことは難しい。
──ただの夢であったなら、こんなにも揺らぐものではない。鼻腔をくすぐる新緑の香り、踏み締める土の感触。
「天元、こっちよ」
「あぁ、いま行く」
彼女の声のする方に、ゆっくり歩いて近付いていく。近付くにつれて甘い香りが強くなってきた。
「これは、おはぎかな?」
「そうなの、最近食べて美味しかったから、お裾分けよ。いまお茶をいれるわね。座って?」
勧められるままに座布団に座る。
「実弥っていう、顔も身体も傷跡だらけの剣士がいるんだけど、平和になった世界で時間を持て余していてね。好きこそ物の上手なれって言葉があるじゃない? だからおはぎを作るように勧めてみたのよ」
「なるほど。それはそれは……いただきます」
ぱくりと口におはぎを入れる。甘すぎず上品な味だ。ほどよく塩気も感じさせる。味わい深い……
「まだまだ沢山あるから」
「うん。ありがとう──」
庭の木々の葉が揺れて、爽やかな音が心地良いと感じる。
「それで? 君はあの頃と、どう違うんだ?」
懐かしい気持ちもあり目を細める。何よりも彼女の口から聞いてみたかった。
「えぇ。私のね、探していた彼とようやく再会できたのよ」
嬉しそうに報告する彼女を見て、私も同じように微笑む。
「杏寿郎だね。おめでとう。あの頃の君と今の君はまったくの別人のようだ。今の君は満たされていて、不安定さがまるでない。不可能なことなど何もないとでもいうような強い光として感じるよ。それなのに隠匿も上手になった。既にこの世界にも一手を投じているのだろう?」
「そうよ。前の私では上手く導けなかったけど、今回は違う」
彼女の表情が輝くのを見て、私も嬉しくなった。かつての私は、こんな風に誰かの喜びを自分のことのように感じただろうか──
「ふふ──。それは楽しみだな」
「詳しく聞かなくていいの?」
「おや、ネタバレは厳禁だと昔から君に散々聞かされたからな。今更だよ。今回も何か知恵を貸してくれるのかい? ……君がいてくれるなら、星漿体との同化は今回は見合わせようかな」
「それは困るわ」
「ふむ──」
「私を誰だか忘れたの?」
「あぁ、そうだな。君は恐ろしい魔女だ。時に試練を与え、成長へと導く。
──ならば私も役割を全うするとしよう」
彼女の淹れてくれた緑茶を一口、優しい香りが心地良かった。
作品名:五条悟が苦悩しながらも青春を謳歌し大団円を迎える話:黎明前編 作家名:ますだ



