ミアキスの野望
二人が過ぎ去った後、城の一角でそのやりとりを眺めていた数人の男女から、ささやかな笑い声がこぼれた。
「なんつーか、あのねーちゃん来てから、もう、恒例って感じだよな」
のどを震わせ、今しがた過ぎ去っていた二人の残像を見送りながら、今日はいつもの格好のロイが楽しげに笑う。
それに同意するように、ロイの後ろに立っていた長身の青年が大きく首をうなずかせた。
「ミアキス殿もめげないからねぇ。これは、いつ王子が折れるか時間の問題、だね」
「オレ、明日にも折れる方に1000ポッチ」
「お、じゃあ、オレは今日に2000ポッチかなぁ〜」
ロイが面白半分に賭けを持ちかければ、カイルは乗り気で掛け金を吊り上げた。
それを聞きつけたもう一人が、きっとまなじりを吊り上げて二人の間に割って入る。
「お二人とも、やめてください。不謹慎ですよ! それに、王子がかわいそうじゃないですか」
身を乗り出して、自分のことのように怒るリオンに、カイルは苦笑い。まあまあと、女性の扱いに自信を持っているのか、なだめようとするのだが、それよりも早くロイのほうが身を乗り出した。
「べつにいーじゃん? 楽しけりゃ!」
「ロイ君!」
更にリオンのまなじりがつりあがった。
明らかにリオンにとっては暴言としか取れないような台詞を、ロイはわざと楽しげに言う。好きな相手をからかって怒らせることで興味を惹くなんてまるで子供の手であるが、リオンはリオンでそんなことにはまったく気づかない。
逆にカイルのほうが、そんな二人のやり取りを見て苦笑いだ。
でも、そろそろリオンの目つきが夜叉みたいになってきて、ロイの方がたじたじ。さすがにこれぐらいで止めないと、後が怖いなとカイルが二人の間に割って入ろうとしたときだった。
「あ〜あ〜、また逃げられちゃいましたぁ」
がっかりといった様子ながらも、のんきな間延びした声。
いっせいに3人ともがそちらに視線を向けた。
「あらー、みなさんおそろいで〜」
向こうも向こうで3人に気づいたのか、肩を落としていたのをいきなり改めて、にこやかに笑う。実を言えばそうたいしてがっかりもしていないのだろう。
むしろ、逃げる王子を追いかける方を楽しんでいたのか、先ほど疾風のごとく走り去っていったときよりも、表情はご満悦、といった様子のミアキスだった。
「ミアキス殿がその顔で戻ってきたということは……。王子、逃げ切れなかったみたいだねぇ」
「王子さんも潔くやってやりゃぁいいのにな! んで、今日は落ちたのかよ?」
「あらあら、リオンちゃん、そんな顔して睨んじゃ駄目よぉ。王子が見たらびっくりしちゃうわぁ。それから、カイル様、ロイ君、賭け事はほどほどに、ね」
3人が3人とも、気まずそうに視線をそらした。どうにも、こうにも、この城の面々はミアキスには勝てないらしい。
にこにことした笑顔の裏には何が待っているのか知れないのだから、仕方ない。
それでも結果がどうなったのか気になるのか、まずはにこやかに最年長のカイルが小さく手を上げた。
「で、結局、王子はどうだったの、ミアキス殿」
ミアキスが、にこやかな笑みを浮かべた。
思わず3人の喉がごくりと鳴ってしまう。王子がかわいそうだと言っていたリオンも、結局は例外にはなれなかったよう。
「王子はぁ……。今日も頑固さんでしたぁ」
いっせいに、3人の肩ががっくりと下がった。
「でもぉ、今日はかわりに王子の髪にピンクのリボン結んで差し上げましたからぁ、それはそれでとってもかわいかったですよぉ」
王子にピンクのリボン。3人とも、一瞬はたと動きが止まる。
それからそれぞれ彼方へ視線を向け、そしていっせいに鼻元を押さえて壁にすがって、床にうずくまって肩を振るわせ始めた。
「今のうちから鉄分消費しない方がいいですよぉ。まだ王子に姫様のカッコさせることができたわけじゃないんですからぁ」
む、っとミアキスは両手を腰に当て、悶え転げる3人をたしなめた。
ミアキス本人は、まだそんな程度では満足するわけもないようだ。
むしろ、余計に力が入って息巻いている。
「ぜったい王子にはやってもらわなきゃですよぉ! せっかくラハルちゃんも仲間になって、いい人材がそろったんですからぁ!」
「ラハルさん、ですか?」
いきなり出てきた意外な名前に、リオンが首をかしげる。ロイも同じように首をかしげ、リオンと顔を見合わせた。
その中でカイルだけが、あぁ〜と納得、というよりも呆れ気味の苦笑い。
「ああ、カイル様はゴルディアスに王子とご一緒したんですものねぇ」
「ゴルディアスで何かあったんですか? カイル様?」
リオンとロイが共にカイルを見上げる。
どう答えたものか。むしろ、答えていいものか。
カイルが悩みかけたとき。
「おや、皆さんおそろいで。オレがどうかしましたか?」
ちょうど、その当人がエレベータを上がってきたのだった。