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さよならは恋の終わりではなく

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 思春期なんてものは、所詮は青春の別名でしかないとアルフレッドは思う。甘酸っぱい、挑戦と挫折と葛藤に満ちた、そんな時代だ。大人は皆口を揃えて「青春は人生で最も輝いている時代だ」などと言うが、アルフレッドはその意見を是非とも撤回して欲しい。アルフレッドにしてみれば、思春期は正に苦悩の連続だったのだから。
 アーサーに対する気持ちが『兄』に向けるそれとは種類が違うと気付いた時、真っ先にアルフレッドは自分の気持ちに蓋をした。冗談じゃなかったからだ。そんな非道徳的で非生産的なこと、到底受け入れられるわけがない。
 そして何よりもアルフレッドが恐れたのが、この気持ちが錯覚であるというパターンだった。何せアーサーとは生まれた時から一緒にいる。この世で最も近しい人と言っても過言ではない。別にそれ自体は良いのだ。問題は無い。けれど兄弟愛が恋慕に変われば、問題だって変わる。初恋の相手が実の兄だなんて、とてもじゃないが笑えない。あまりにも非常識過ぎて、あまりにも世界が狭すぎて。
 世界には六十三億人以上の人間が居て、しかもその半分は異性だというのに、何故わざわざ同性の兄弟を好きにならなければならないのか。
 万人の中からアーサーを選んだというのなら良い。本能にも、倫理にも逆らって、それでもアーサーでなければならないというのなら。けれどそれが、半ば強制的に生み出された感情だとしたら? 全ては錯覚なのだとしたら? 例えばリマ症候群のように。
 
 アルフレッドは、それが恐ろしくてならなかった。
 
 出会いを求めて部活に入り、地域のボランティアなどにも参加した。夜中にこっそりと家を抜け出し、クラブに出入りしてみたりもした。
 兎に角、出来るだけ沢山の人間と出逢おう。男でも女でも、年上でも年下でも良い。自分がゲイだという確証を得てしまっても構わない。アルフレッドは、自分の意思でアーサーを好きになったのだという、その選択が間違いではないことを確認する為だけに、交友関係を手当たり次第に広げて行った。
 そんな生活の中で出逢ったのが、ジェニーという女性だった。学校の先輩であり、アルフレッドも名前だけなら何度も耳にしていた。それ程に、有名な人物だった。しかし、出逢ったのは学校ではなく、すっかり馴染みになったクラブでだったのだけれど。
 ジェニーは、優等生とは到底言えないが、品行方正な学校生活を送っていた。成績は決して悪くはなく、校則は一度も破ったことがない。けれど学校のイベントでは率先して周りを率い、次々と革新的で素晴らしいことをやって見せた。ジェニーは、義務を果たさなければ権利を主張出来ないことを、誰よりも良く知っていた。凛とした佇まいの彼女に憧れる者は多かった。何せアルフレッドもその一人だったのだから。
 アルフレッドが童貞を捨てたのは、ジェニーと出逢ってから三度目の夜、共通の友人が開いたパーティー会場でだった。それは断じて恋ではなかったけれど、生理的欲求だけが理由でもなかった。恐らく、アルフレッドの人生の中で初めてだったのだ。自分より、そして兄よりも『上』に居ると思えるような存在に出逢ったのは。
 だからなのか、一度体を重ねた後も、アルフレッドとジェニーの交流は続いた。セックスをすることこそなかったけれど、最低でも月に一度は会っていたし、メールも電話も頻繁に交わした。そのことからアーサーはアルフレッドに恋人が出来たと勘違いしていたけれど、敢えて肯定することも否定することもしなかった。それをアーサーが望んでいるのなら、わざわざ壊してやる必要も無い。
 しかし実際のアルフレッドとジェニーの関係と言えば、それは世間で言う『友人』というカテゴリーに当て嵌まることは間違いない。性別も年齢も異なっていたけれど、二人の考えには近いものがあったから。アルフレッドはジェニーにだけは何でも話せたけれど、ジェニーもまたそうだったかは分からない。それでも、嘘を吐かれるような間柄でなかったことだけは確かだ。ジェニーの語る夢は、アルフレッドにはとても輝かしいものに思え、それを共有出来ることが誇らしく思えた。
 自分の全てを理解した上で、それでも絶対に自分を裏切らない存在が居るとしたら、それはジェニーだっただろう。そんな相手に恋心を抱けないことを、アルフレッドは心底悔やんだが、友人関係だからこそこの穏やかで心地好い状態が保たれていることも、アルフレッドはまた知っていた。
 
 そうしてジェニーとの交流を深める内に、アルフレッドはアーサーへの恋心をすっかり認めて受け入れてしまっていて、その頃には完璧に周りを欺く術を身に付けていた。
 何せ想い人は実の兄で完璧なノーマル思考の持ち主だ。寧ろ人並み以上に興味津々だと言っても良い。そして何よりも、アーサーが自分を『弟として』愛してくれていることを知っていたから、無理にその関係を壊そうとは思っていなかった。元より、努力云々で変えられるような関係でもない。
 そんな風にしてアルフレッドの思春期は終わりを迎えて、アルフレッドは大学生活を、そしてアーサーは社会人生活を間近に控えた身となっていた。
 元々カークランド家は親二人子二人の四人家族だったが、アルフレッドは学校の、そしてアーサーは会社の関係上、それぞれ家を出ることになっていた。アルフレッドが志す分野の研究は、この国ではまだそれ程盛んに行われてはいなくて、条件に合う学校を探す内に別の都市に入ってしまったのだ。その学校は歴史こそ浅いが国が力を入れていて、従来とは全く異なる指導方法や施設に、アルフレッドはとても心を惹かれた。けれど純粋に勉学の為だけかと問わればそうではなくて、五パーセント位はアーサーと距離を置いた生活を求めていたのだろう。
 アーサーは決して女性にモテるとは言えないが、見た目も育ちも悪くはないので全く縁が無いというわけでもない。事実、アルフレッドはかつてアーサーが恋人と呼んでいた女性を三人程知っている。アーサーが正式に社会に出れば、彼の良さが分かる人はきっと増えるに違いない。その中の一人とアーサーが交流を深め、結婚を夢見ないなどと、一体誰が言えようか?
 両親が共働きだった所為で、アーサーは幼い頃充分に愛情というものを注がれなかった。その影響で、アーサーはアルフレッドに多大な愛情を注いだ。アーサー程『家族』を渇望している人間を、アルフレッドは他に知らない。だからこそ、いつか来るべき未来――彼が花嫁となる人を見つけ出した時の覚悟を、アルフレッドは決めなければならなった。本当に、心の底からそのことを祝えるように。