偽虜囚
「反乱軍の首領を捕らえた?」
太陽宮の防備に当たっていたギゼルにそんな報告がもたらされたのは、ロイが王子に化け、囚われてからさほど時もたたない頃。
同時に、急に王子軍の動きが止まったとの報告も上がる。
城外からも喝采が上がる。
今こそ打って出るべきだ、反逆者など撃滅すべきだと。
まるで今まで干からびていた川の流れが急に激流に変わったかのようだった。
「まさか」
今ここにきて、それはあまりにもうまい話。
何かの罠か?
いや、しかしあと一歩で反乱軍はソルファレナを落としていた。その状況でそのような罠をかける意味など無い。
だとしたら、本当に、王子が囚われたと言うのだろうか。
「いかが致しましょうか……」
思案にふけりかけたギゼルを、恐る恐る兵が仰ぎ見る。それに気づいて、とりあえずながらも連れてくるようにと返答すると大急ぎでその兵は駆け戻っていった。
それからほどなくして、同じ兵が戻ってくる。
後ろに別の兵と、そしてもう一人。
すっと、ギゼルの眼差しが細まった。
見た目はまるきりファルーシュそのものだった。だが。
「これはこれは、義兄上。ようこそ、太陽宮へ」
険しい顔の相手に、ギゼルは表面的にはあくまでにこやかな笑みを浮かべる。
「まさか義兄上がお一人で乗り込んでこられるとは思ってもおりませんでしたが、どのようなご用件がおありだったのでしょうか」
尋ねながら、相手の表情を伺う。
強張った表情が一瞬驚きに変わったと共に、それはファルーシュならばけしてしないだろう、歪んだ笑みを浮かべたのだ。
ロイは笑っていた。
よくもまあ、皆そろいもそろってだまされてくれるものだと。
面白いと言うよりも、呆れてしまう。
だが、まあ、もうファルーシュもさすがに他の部隊と合流を果たしただろう。
もう、自分が王子のふりをしている必要も無い。
ロイは顔をあげ、目の前に立つ男を見据えた。
「残念だったなぁ、ギゼルさんよ。オレはあんたの義兄上様でも、ウチの王子サマでもねぇんだよ。王子さんなら、きっと今頃、ソルファレナの門の前で、あんたをどうやってなぶり殺しにしようか算段でもしてる頃だろうさ」
どんな顔をするだろう。だまされた男は。そのときの表情を笑いものにしてやろうと思ったのに。
「ああ、やっぱり偽者か」
あっさりと、それだけ興味もなさそうに言い放った。
ロイのほうが、思わずその反応に当惑してしまった。
「以前ユーラム君が王子に似ている少年を拾ったといっていたのを思い出したよ。それに、君には陛下の親征のときにしてやられたからね」
しかも、そんな風に余裕を見せた様子まで見せて、ロイを見下ろす。
「お見通しかよ。けど、もうちょっと焦ってもいいんじゃねぇの。もう、王子は目の前だぜ。あとほんの一押しすりゃ、アルフェリア軍の全軍がなだれ込んでくるんだ」
「かまわないさ」
おびえる様子も無く、むしろ毅然とすらして男は言い放つ。その態度に、ロイのほうが一瞬寒気を覚えた。
何考えてやがるんだ、コイツ。
「それが、私の役目だからな。ああ、だが、そうだな、最後の最後にもういちど悪あがきをしてみるのもいいかもしれない。あっさりと負けを認めたところで、面白くは無いだろうし、君なら義兄上も少しは楽しんでくれそうだ」
何を言っているんだ。
今のこの状況なのに、なぜコイツはこんなにも楽しげでいられるのか。
本能的に後退ろうとして、背後の兵が構える槍が背中に突きつけられる。
「君も、まさかここにきてただで帰れるとは思っていないだろうけれど、一つ取引をしようじゃないか。私の言うとおりにしてくれたら、命だけは、助けてやろう」
ロイに近寄るギゼルが、ロイの顔に手を伸ばす。まるで人ではなく物を検分するような手つきと視線に、背筋に怖気と胸に言いようの無い気持ち悪さが残った。