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偽虜囚

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「……っは、」
 冷たい水がふっと薄れ掛けた意識からロイを引き戻した。
 長い髪が水に濡れて重く、ロイの手足に絡みつく。
 夏が近いと言うのに、そこは寒々しくて、すぐに身体は冷えていった。がちがちと奥歯がかち合う。
 だが、背中から腰にかけてだけが、熱く、じくじくと痛んだ。
 ぐっと、いきなり両腕に全体重がかかって、焼け爛れた背中が冷たい石の壁にたたきつけられる。
「……ぅ」
 自分では悲鳴がこぼれたと思ったのに、それはもはやうめき声にしかならなかった。
「寝てるんじゃねぇっ!」
 石の壁に反響して、まるで耳元で怒鳴られたかのように響くしわがれた声。
 白い覆面を被った男が、片手に焼きゴテを手にしながら、布の向こうで舌なめずりをしながら近寄ってくる。
 さっきまではそれに気色悪さを覚えていたのに、今はもう意識が朧げで、そう感じることすらなくなってきていた。
「……っぅ」
 がくんと又更に両腕に全体重がかかった。
 両腕を鎖につるし上げられた上に男に足払いを食らわされ、自分の体重で肩がはずれるかというところに、男が鎖を更に巻き上げ機で巻き上げて、足が中に浮く。
 大して高くも無い、しかし自分よりは上背のある男の身長と同じくらいの位置に顔がきて、気色悪い笑みが眼前に迫った。
「ったく、さっさと言っちまえよ、ギゼル様に従いますってよぉ。オレだってな、こんなこたぁしてたくないわけよ、わかんだろぉ、えぇ?」
 背中に突き刺さる男の爪。ソレが、焼きゴテを押し付けられた跡を掻き毟る。
「ひ……ぃっ」
 むき出しになった足の合間に背中から流れていく血を見て、男が引きつるような笑い声を立てた。
「全く、見えるところは傷つけるなって言うんじゃなかったら、もっといろいろやってやるんだがね。おっと、こいつは無駄口だな」
 ほとんど楽しげに歌うように呟きながら、男はまた別の道具を取りに離れていく。
 押し寄せる苦痛がほんの少しだけなくなっても、つるし上げられた腕による息苦しさは変わらない。また一層頭が朦朧とする。
「ってか、おい、いい加減誰かコレ片付けやがれ! おいっ!」
 男が邪魔くさそうに何かを蹴りつけた。
 男と同じ白い布を被った頭が、あらぬ方向に曲がって床に転がっていた。
 長い間太陽宮の拷問吏をしてきた男だと、誰かが言っていた。
 太陽宮に長らくいたせいか、王子とも面識があったらしく、ロイに拷問を加えることは王子に拷問を加えているようで耐えられないと言って、今の男に打ち殺されてしまった哀れな男だった。
 こんな状況でなければ、ファルーシュがここにいれば、あの男も丁重に埋葬されるだろうに。
 おぼろげな意識の中で、ロイはファルーシュを思う。
 太陽宮を目前にして気がはやったのか、ほとんど単騎同然で敵陣に突っこんでいったファルーシュ。それをカイルやリオンと追いかけて、自分はアイツを連れ戻すために居残って、今は、ここ。太陽宮の地下の牢獄の更に奥の拷問部屋。
 ギゼルに協力すれば助けてやると言われ、そんなことするわけにはいかないと突っぱねて、終わらない責め苦を受けさせられている。
 だが、どうせそれも1日やそこらが限度だろう。いくらファルーシュの軍が動かなくても、それ以上あの軍師が待っているとも思えない。
 そうすれば、きっと用済みになった自分は殺されることだろう。
 それまで耐えればいいのだと心に決めたものの、責め苦は余りにも長く感じられて、今どれだけの時間が過ぎたのか、もはやわからなくなっていた。
 あと、どれくらいだ?
 朦朧とした意識は、先ほどから、いやもっと前だろうか。ずっと、そればかり考えていた。
「おい……、こ、これは、ギゼル様!」
 男の声が急に裏返った。
 遠くから、規則正しい足音がロイの耳にも響いてくる。
「様子はどうだ?」
「へ、へぇ、なかなか頑固なヤツでして……」
「そうか……。仕方ない。私が呼ぶまで誰も近づけるな」
 卑屈なほどに低姿勢なか細い声が、男の足音と共に遠ざかる。
 それと入れ替わりのように、規則的な靴音が一層近づき、その相手は拷問部屋の入り口から姿を現した。
「見事にぼろぼろだな」
 ソイツは、入ってくるなり、そう言って笑った。
「まだ、私に協力してはくれないそうだね」
「誰……がっ」
 掠れた声。精一杯、今残っていた余力を振り絞っての声が、ソレだった。
 ソイツ、ギゼル・ゴドウィンは、壁にかかっていた拷問道具を眺めながら、ロイの吐き出した声に一瞬視線を向けずに瞠目する。
 それから、まるでに自分をあざ笑うかのように、笑った。
「確かに、頑固なようだ」
 そっと伸ばされる腕。
 ロイの頬に触れる直前に、ためらう指先。
「君のほうが、義兄上よりも近いのかもしれないな……」
 なぜ、そんな表情を見せるのか。
 ギゼルの顔に浮かんでいたのは、深い悲しみだったように、ロイには思えた。
「君に辛い思いをさせるのは、私にとっても本心ではないのだよ。これが最後だ。私に従うか?」
 まるで、自分の方が傷ついていると言わんばかりの顔で、ギゼルはロイに問いかける。
 一体何がこの男にそんな表情をさせるのかわからず、なんでか無性に笑えてきて、ない力を振り絞って、盛大にロイは笑ってやった。
「は、ははっ、馬鹿じゃねぇの、あんた、今更オレが、どうこうしたところで、状況が覆るとでも、思ってんのかよ。そうだとしたら、あんたはよっぽどおめでたい野郎だ……っ」
「別に覆そうと思っているわけでもないんだがね」
「だったらっ、よっぽど往生際がわるいんだなっ……」
 ふ、ギゼルの口元が歪む。悲しげな笑みがなぜか、その表情を包む。
「そうなんだろう」
 一体、何がしたいんだ、この男は。イライラと、苛立ちが募った。
「オレは、絶対に、アイツを裏切らない……。てめぇの言いなりになんて、誰がなるか……!」
 全身は疲労と苦痛でずたぼろだった。それでも、そう言い放ち、きつく相手を睨む金の眼差しだけは、この無機質で薄汚れた空間の中で、唯一熱く燃えたぎっていた。
 触れる直前でためらった指先が、ぎこちなさを伴って、ロイの頬を撫でていく。そこにあったのは、たかだか一人の子供を従えられない屈辱でも、怒りでも、諦めでもなく、一瞬だけ見せたその男の表情は、確かに羨望だった。
 なぜ、そんな顔をするのか。悲しみに羨望。なんでそのような顔をこの男は自分に向けるのか。理解できない。
 しかし問い詰める前に、その手はすぐにおさめられる。
 きびすを返し、ロイに背を向けた相手の表情は、もうロイには読み取ることが出来なくなっていた。
「交渉決裂のようだし、君の事は諦めよう。残念だよ……」
 終わりだった。もう終わりかと思うと、また笑えてきた。とはいっても、もう笑っているのかそれとも息切れを起こしているのか、自分でも判断はつかなかったぐらいだったが。
 最後に、かすかにギゼルが振り返る。それから、傍らにいつの間にか立っていたドルフを見た。
「そういえば、意思を奪う秘薬もあるという話だったな」
「はい」
「使え」
 カツカツと、無機質な空間に響く足音が遠ざかる。
作品名:偽虜囚 作家名:日々夜