偽虜囚
ファルーシュはすべてを終えて駆け戻った。
周りはソルファレナが解放されお祭ムードだというのに、ファルーシュの心の中はまるで嵐の海の中のように不安で荒れ狂っていた。
「ロイ!!」
「病室では静かにしろと何度言えばわかる!」
医務室の扉を開け放った途端、シルヴァの叱責が飛んだ。普段ならこんなことはしないファルーシュでも、あまりに焦っていたせいで、周りが見えていなかったのだろう。慌てて頭を下げて寝台に駆け寄る。
そこには、蒼白な顔でベッドに横たえられたロイがいた。
彼は、まさにずたぼろだった。背中には肩から腰までを大きく切り下げられた剣の傷。それに、身体中に残る変色した痣、縄目や、短刀か何かによってえぐれた跡。それから、火傷、裂傷、何度も吊るし上げられたのだろう肩は、脱臼していないのが不思議なくらいだった。
「背中の傷は思ったほど深くは無い。が……。過度の拷問による傷が深いな……。それに何より、あの薬」
「リオンとムラードは、なんて……?」
シルヴァは無言だった。
「今日が峠というところでしょう」
隅のついたての向こうから、疲れたような痩せた初老の男が現れた。隣にはリオン。
ムラードは一度ロイを見て、厳しい眼差しを変えないまま、ファルーシュを見つめなおした。
「リオンさんから聞いて、解毒薬は飲ませました。が……。その薬は時間が経てば経つほど、毒を中和することができなくなるようなのです」
それは、つまり。ファルーシュは血の気が引いていく音を耳で聞いたような気がした。
「効かなかったら……?」
声が震えた。リオンが申し訳なさそうにファルーシュの前に進み出た。
「ロイ君の心は、壊れます。もう二度と、目を覚ますこともないかもしれません……」
すとんと、ファルーシュはその場に崩れ落ちた。
なんてことだろう。
ロイが、そんなことになってしまったら。
それはもう、ロイがいないと同然のことじゃないか。
「ぼくのせいだ……」
あんなことをしたから。
自分の身勝手がロイをこんなにしてしまったのだ。
「王子! しっかりしてください。まだ、そうと決まったわけじゃないんです。ロイ君を、信じてあげてください……」
リオンが泣き崩れそうになるファルーシュを支え、立ち上がらせる。誰もが一様にロイと、そしてファルーシュを案じていた。戦勝など、ここにはまだ無いも同然だった。
「ロイの……看病を、させてほしい……」
弱々しい声が、ぽつりと吐き出された。
それに誰も異論を唱える者はなかった。