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憧れの存在

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敵は一人だったが、俺は始めて浴びる純粋な殺気に当てられ動けなかったのだ。

「……糞が」

隣で小さく兄さんが呟いたのが聞こえた。けどその呟きは俺には遥か遠くで話されたかのように感じた。

突然、足元が消えた気がした。地面に立っているのは頭では解っているのに、感覚的に暗い穴に呑み込まれたような感覚。

怖くなって兄さんを見た。
そして唐突に理解した。
これは殺気なのだと。


兄さんから発せられた。










戦が終わって屋敷に帰ってきたとき、俺は疲れてしまいすぐ寝てしまった。


翌日、兄さんは執務室での仕事だった。

だから俺は昼ぐらいになると兄さんのもとに行くのが常で、それまでは様々な人に訓練をつけてもらっていた。

けれど今日は訓練をつけてくれている教官に頼んで、戦場での兄さんの話を聞いた。
今思えばこれが初めてだった。戦場での兄さんの話を聞くのは。



話してくれた教官は古参で、多くのことを話してもらえた。

その話を聞いて、改めて兄さんの凄さを知った。

あの時俺が浴びた殺気は敵に向けられた殺気が漏れたものらしい。

その教官はかつて、裏切りをしたことがあったそうだ。彼は優秀だったから二度目は無い、ということで今もここにいるらしかった。

彼が言うにはその時兄さんから浴びせられた殺気と漏れた殺気とは恐怖の度合いが全く違うらしい。

その時、彼はまだ知らなくてもよい、と言うことで様々なことを話してくれたが深くは話してくれなかった。










「兄さん……」

「ん?どうしたヴェスト」

あれから様々なことが起きた。戦争に負け兄さんが北の地へ行き戻ってきた。

壁が壊され兄さんを見たときは驚いた。

俺と同じだった髪と瞳は銀糸と紫緋へと変化していた。肌も白さを増し細くなっていた。

それでも兄さんは兄さんで。他は何も変わってはいなかった。

今なら解る。あの時には解らなかった兄さんの怖さと強さの根源。

「久々に訓練をつけてくれないか?」

吃驚して目を剥く兄さん。でも次の瞬間にはニヒルに笑った。

「俺の訓練が厳しいのは知っているな?」

「無論だ」

「途中で泣き出しても止めねぇからな」

確かに昔は厳しさに耐えられず泣いた、というより泣きかけたことはあるが…昔の俺と一緒にしないでほしい。

「昔の俺と一緒にするな」
作品名:憧れの存在 作家名:常陸彼方