CherieRose ...1
09.
此方が姿を現した途端に気を失った少女が、恐らくセシェルの言っていたバッシュの義妹なのだろう。確か名前は、クラリスといっただろうか。噂こそ頻繁に耳にするが、実際に面識があったわけではないので確固たる証拠は無い。だが、この場にいる女生徒が一人だけならば、それだけで十分だった。
それに、彼女が気を失ったというのは考えようによってはとても好都合でもあった。意識の無い人間などただの足手纏いにしかならないし、彼女の気質を考えると下手に抵抗されて怪我を負われると後々厄介なことになる。バッシュとは、出来る限り波風を立てたくはない。――これから起こるであろうことも、知ってもらっては困るのだ。
「……おや、つまらん」
クラリスが気を失ったと分かるなり、リーダー格の少年はまるで襤褸切れでも捨てるかのように、少女を地面へと放り投げた。すっかりと血の気を失った顔は相手の同情を誘うには十分なものだったが、残念なことにそんな感性は持ち合わせていなかったらしい。
「まぁ、まだ玩具が残ってるから良しとするか。……なぁ、カークランド?」
紳士が淑女をダンスにでも誘うように差し出された手。一瞥しただけで、勿論その手を取ったりは、しない。その反応に、相手は興味深さと愉快さが混じり合った笑みを浮かべる。
「実は俺――お前のこと気に入らなかったんだよな。転入して来たばっかのくせに偉そうにしてさ」
「お前の偉そうぶりには敵わねぇよ?」
「ほんっと馬鹿だな。偉そうじゃなくて偉いんだよ、俺は」
此方を見下ろす顔は、生まれながらに他者を見下して来た者のそれだった。身分が絶対だと、信じて疑っていないもの。そのことを、愚かだと思う。憐れだとも、思う。何よりそれは、この国では別段可笑しなのもではない……ということが。
「それで――暁を手に入れてもっと偉くなろうってわけ」
「へぇ……いるのか」
「そうさ、地方貴族の娘とは生まれから違う、お前みたいな奴は歯牙にもかけないようなとびっきりの女がな!」
そう吠えたのは、自信満々に笑う少年ではなく、その取り巻き達の方。見たところ、大した身分の出身ではない。親の命令で媚を売っているか、自身の明るい未来の為に従っている輩だろう。自分は選ばれることなどないのだと、最初から諦めている人間達だ。
「……それで? 自分が選ばれるとでも思ってるのか?」
「そんなの決まってるだろ。なんてったって、俺は次期侯爵様なんだ。家が全力でバックアップするさ。――お前のその小生意気な口を封じるのもな」
嗚呼、成程。本当に可哀想な人間らしい。けれどそれは、全て本人の自業自得というわけでもないのだから、責めるのもお門違いというものだ。――誰も彼も、たった一つの存在に良いように弄ばれて。尤も、それは他人事でもないのだが。
「……何笑ってんだよ、お前頭おかしいだろ。今の状況がちゃんと分かってんのか? 少しはビビったらどうなんだよ……だからムカつくってんだ」
偉そうだと、言われた。フランシスには、その性格は最悪だと言われたこともある。否定はしないし、周りから良く見られたいとも思わない。どうでも良い人間から好かれたところで嬉しくとも何ともないし、これからの人生では他人からの好意など枷になるだけだ。
「だって本当に可笑しいんだから、仕方が無いだろ? そうだなぁ……知りたいか? 俺が怖がらない理由」
それでも、人に喧嘩を売るような生き方ばかりしてるのは、たった一つだけ確かなことがあると確信することが出来るから。
「それはな、知ってるからだよ。いついかなる時でも、俺を護ってくれる奴が側にいることを。だから俺は、こうやって偉そうにしていられるんだ」
覚えている。どれだけの年月が経っても、目には見えない壁が立ちはだかっても。あの時の、あの思いだけは、決して違えることはないのだと。
「けどまぁ、自分で片付けられることは自分で片付けろって一応躾られたからな」
求めたら、惜しみなく与えられることを知っている。そのことに、優越感を抱いているのも、事実だ。でも、それに抗ってみたくもなるじゃないか。
「さあて――……」
首元を締めるスカーフを取り去り、邪魔なジャケットも脱ぎ捨てる。
「――かかってこいよ」
先ずは余計な手間を掛けさせてくれた落とし前、つけてもらおうか。
作品名:CherieRose ...1 作家名:yupo