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CherieRose ...1

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12.

 結局はこういう役回りなんだよな。そう思いながらも、気が付いた時には体が自然と動いていた。護りたい、ではなく、護らなければ……というように。護るべき相手以外は、少しも目に入らなくて。
 自分よりも近くにいる筈のキクよりも早く、走る。大きく、手を伸ばす。明確な意思を持って、阻む。微かな衝撃と共に、目の前で万年筆が止まった。
「――だから、言ったでしょう。大人しくお茶会に出て下さいって」
「……護ってくれるんだろ?」
 背中を向けている所為で相手の表情は分からないが、声で分かる。きっと今、この人は、とても得意気な顔をしているに違いないのだ。本当に、もう、この人は。八つ当たりだと自覚しながら、手首を掴んだ手に力を込める。
「捕縛します、御許可を!」
「良いだろう。我が名アリス・グランフィールドと『暁』の権限において、捕縛を許可する」
 腕を組んでそう言い放つ様は、正に権力者のそれだった。妙な威厳さえ感じさせる。それに畏怖したわけでもないけれど、素早く男子生徒を羽交い絞めにする。
「あか……つき!? それに、グランフィールドって……グラン四大名家!?」
 思考が目の前の人に持っていかれたのか、それとも元から非力だったからなのか、抵抗らしい抵抗など微塵もしないまま、大人しく拘束されている。まあ抵抗したところでそれは無駄な努力に過ぎないし、他のことを意識から締め出してしまうくらいに驚くのも、分かるのだが。
「――っ偽名を? ……嘘だ嘘だ! そんなことがあるわけない。第一お前、男だろうっ」
 男にしては少々小柄な体を包んでいるのは、間違いなくこの学院の制服だった。男子指定の。しかし、人間がこの世界で唯一嘘を吐く生き物だというのは、真理でもある。尤も、この場合は少々反則だという気は否めないけれど。
 昔は素直な良い子だったんだけどな。再会した時だって、なんら変わりはないように思えたのに。だけどどうやらそれは、勘違いに過ぎなかったようだ。
「人を見かけで判断するのは、人として最悪だぜ?」
 浮かんだ表情は、昔の姿からは想像も出来ないような意地の悪い笑み。そうして徐に懐から取り出されたのは、無骨な造りの鎖だった。それに、古めかしいデザインの指輪が一つ、通されている。それを見て、驚愕に息を呑んだのが、肩越しからでも分かった。
 この国の国章が彫られた指輪は、この世でたった二人にしか嵌めることが許されない。一人は、この国の主である国王。そしてもう一人が、暁。先代の国王が崩御したため、現在ではその資格を持つものはただ一人だ。そこから導き出される答えは、一つしかない。
「それに、口説きたい相手の名前も知らないなんて、男として最低だ」
 暁とは、当代に一人選ばれる女人の称号。王位継承権こそ無いものの、国王に次ぐ権威を誇り、暁の生んだ子供は次代の国王として定められる。
「偉そうなんじゃない」
 つまり――未来の国母である。
「本当に偉いんだよ、お馬鹿さん……?」
 いっそ慈愛すら感じさせるような柔らかい声で、一つ一つ言い聞かせるように告げられた、言葉。愚かではあるが愚鈍ではなかったらしいこの相手は、漸く観念したのか力無く項垂れた。もう逃げ出そうとはしないだろう。どの道、一度不適切と判断されたらこの学院に居場所は無い。
 それにしても、随分と手間が掛ってしまった。元々この男子生徒はブラックリストに載っていた人間だが、もっと事は穏便に済ませる筈だったのに。人気の無い場所だから良かったものの、これが公衆の面前なら今頃は大変なことになっているところだ。まぁ、そこまで頭が回らない人じゃないってことくらいは分かっているけど。
「お怪我はありませんね?」
「……あぁ」
 頭の上から足の爪先まで、素早く目を走らせる。派手に暴れてくれたようだが、制服を傷付けるような馬鹿な真似はしなかったらしい。相手が弱かったこともあるだろうが。
「でしたら今からすぐに、お茶会に出席なさって下さい」
 乱雑に放り投げられていたジャケットの埃を払い、差し出す。少々不自然な皺が付いてしまっているが、それは致し方の無いことだ。この場合は、スカーフが汚れていなかったことを素直に喜ぶべきだろう。ボタンも行方不明になっていなかったし。こればかりは、予備が無い。
「出ねぇよ。面倒臭い」
「我が儘は聞きません。これはあなたの義務でしょう」
「……っこんな格好で出席なんか出来るわけねぇだろ。あの坊ちゃんに直ぐに締め出されるに決まってる」
 こんな格好……? と思ってもう一度よく見直せば、言わんとしていることが漸く分かった。靴だ。この学院に属する男子生徒は、履く靴の色を白かそれに準ずる色に限定されている。汚れやすいために手入れの習慣を身につけさせるという目的があるが、本当は喧嘩をすれば一発で分かるからだ。
 成程。確かにあの小姑のように煩い彼ならば、あなたはこの場に相応しくありません……と容赦無く追い返すくらいのことはするだろう。しかしそれはあくまでも、このままの格好で出席しようとすれば……の話だ。
「――なっ!?」
「動かないで下さい。靴が拭けません」
「お前、何を……」
 理解出来ない、寧ろしたくなどないと雄弁に語る瞳に映るように、薄く笑う。望まれた答えは、平然と。
「靴が汚れているのが問題ならば、それを取り除けば良い。ただ、それだけのことですよ」
「ど、してお前は……っ」
 嗚呼、泣くかもしれないな。そう思った時には、背中を向けられていた。全てを拒絶するように。
「もう、いい。俺が役目を果たせば、それでお前は満足なんだろ!」
 小さく震える肩は、ひどく頼りなく見える。いつもどんなに尊大に振る舞っていたって、結局は小さな女の子にすぎないのだと、思い知らせるように。
 その肩を、抱き寄せられたらどんなに良かったか。身分なんて関係ないのだと、君だから護りたいんだと、そう告げることが出来たなら。――けれど、それは出来ない。それだけは。
「あなたは『暁』で、俺は『パラディン』です。答えなど、聞かずともお分かりでしょう」
 一度だけ、向けられた肩が大きく震えた。もしかしたら、泣いているかも知れないな。そうは思っても、追い掛けることなど出来るわけがなかった。絶対に。

作品名:CherieRose ...1 作家名:yupo