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CherieRose ...1

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03.

 午後の講義が終わると、中庭で昼食を取るのがいつしか日課となっていた。尤もその理由は、美しい景色や綺麗な空気をゆっくりと楽しみたいなどという理由からではなくて、ただ単に此処なら人目に付かないからだ。
 元々カークランド家とジョーンズ家は特別に仲が良いわけではなかったし、お互いに編入生でその上しかも寮が同室だということで友好関係を築いたのだと考えても、この関係は明らかに対等のものではない。
 そういうこともあって、お互いの正体がバレないように、学院では名前を呼べと言っても、アルフレッドは頑なに首を縦に振ろうとしなかった。それどころか、一般生徒達の前ではろくに話し掛けても来ないのだ。
 だからこうして、周りから目の届かない場所でコッソリと顔を突き合わせるしかなかった。
 逢い引きだと考えれば、この状況も多少は楽しめるのかも知れないが、自分達は何処からどう見ても立派な男子学生でしかなく、そのあまりのしょっぱさに泣きたくなっても仕方の無いことだろう。
「本日は南館でお茶会が開かれるそうですから、必ず出席なさって下さいね」
 昼食に手を付ける前にアルフレッドは必ず手帳を開き、朝と同じ様に予定を告げた。淡々とした声をBGMに食事をする気にはなれなくて、最近では報告が終わるのを大人しく待っている始末である。
「……主催者は?」
「ミスタ・エーデルシュタインです」
 その瞬間脳裏に浮かんだのは、眼鏡を掛けた神経質そうな、如何にも良い所の坊っちゃんといった少年の顔だった。
「なら、出るしかねーな。あぁもう面倒くせー」
 かつて、結婚という手段を用いて家格を確固たるものとし、後に彼の女傑が手綱を握ってからは、政治にも影響を及ぼすまでになった変人一族。
 芸術を何よりも愛し、名作と名高い作品の殆どが、エーデルシュタイン一族が手掛けたものだ。宮廷楽団の中にも、エーデルシュタイン姓を持つ者が数多く存在する。
 そして、その一族の次期当主が、ローデリヒ・エーデルシュタインその人なのである。
 一族の血を一番色濃く受け継いだ彼は、見事なピアノの腕と素晴らしい統率力を持っていた。最も貴族らしい貴族――周りからそう囁かれる彼が監督生に任命されたのは、そう可笑しなことでもなかった。
「ったく、男ばっかの茶会なんて、むさ苦しいだけじゃねぇか。一体何が楽しいんだよ」
「名目は交流会ですし、我慢して下さい。それに、この学院の存在理由をお忘れですか?」

 ――グランフィリオ王立学院。

 この学院は、その名の通り王族が直轄する学院であり、現在の学院長も王族が勤めている。
 王族直轄と言うだけあって、集まってくる生徒達も当然普通ではなく、有力貴族や名士な子息・子女ばかり。
 本来ならば、可愛い我が子をわざわざ全寮制の学校になど入れないだろうが、この学院だけは違う。
 何故ならこの学院の生徒は、先述したように普通ではないからだ。此処の生徒達は皆、近い将来国家に影響を及ぼす人間になる。それは、生まれ出た瞬間から決まっていること。
 ならば、今の内から繋がりを持っておいて損は無いだろう。
 つまりこの学院は、良家の子供達の為の一大準社交場の一面を持っているのである。勿論、役目はそれだけではないのだが。
「……分かってるさ」
「ならば結構です」
 それで今日の報告は終わったのだろう。手帳は早々に内ポケットに終い込まれてしまった。
 テキパキと昼食の準備に取り掛かる姿を見ながら、ポツリと言葉が滑り出した。
「……お前は参加しないのかよ」
「俺のような人間など場違いですので。良くご存知の筈では?」
 皮肉でもなく、諦めでもない。当たり前のことを、当たり前のように語る口調。
 そして、それは確かに正しかったのだ。
 難関と言われる編入試験で満点を叩き出して飛び級しただけでなく、あの武道の名門であるバイルシュミット家の御曹司に勝利した天才児。見目も麗しく、アルフレッドは実に多くの人間から注目を浴びていた。
 けれど、アルフレッドは爵位が継げない。
 アルフレッドには上に二人の兄がいて、彼らは大学院を卒業した後は、それぞれの得意な分野で素晴らしい実績を残しており、当主とその補佐役を受け継ぐに足る才覚の持ち主だと言えた。
 元々アルフレッドは、思い出したように出来た子供であるらしく、上の二人とは随分と年が離れていて、両親からは孫のように、兄達からは子供のように可愛がられて育ったのだと、昔聞いたことがある。
 そう、確かに彼は周りから愛されていた。
 しかし、どんなにアルフレッドが優秀で将来が楽しみな人間でも、どんなに周りから愛されているのだとしても、彼が爵位を継ぐことはない。
 たったそれだけのことで、アルフレッドはこの学院において『価値の低い』人間となるのだ。
「お前の居ないお茶会か。つまんねーな。また猫被んなきゃなんねーののかよ」
「先に申し上げておきますが、欠席は認めませんので。是が非でもご出席なさって下さい」
「……お前、本当に生真面目だよな。そんなんで生きてて楽しいか? あんまり難しく考えてると禿げるぞ」
「一体どなたの所為だとお思いで……?」
 最近知ったことがある。怒る時、アルフレッドは決して声を荒げない。
 昔はそうじゃなかった。烈火の如く怒り狂い、暴力にだって訴えた。それなのに何故、こうも変わってしまったのか。時の流れがいつの世も残酷だということくらい知っている。身分の差も、同じことだ。
 けれど、それでも、それを悲しむのは、そんなにいけないことだろうか?
「貴方には成すべきことがあるでしょう。俺は……俺達は、その為にこの学院に居るのですから」
 尤も、こんな感傷を抱いているのは、いつだって自分の方だけなのだろう。
 あくまでも理性的な態度で接するアルフレッドに、悲しみとも怒りともつかない感情が湧き上がった。
「年下のくせに一丁前に分かったような口きくじゃねぇか。み・な・ら・い・君?」
「……っそれは、貴方がいつまで経っても認めて下さらないからでしょう!?」
「そうだったか?」
 小馬鹿にしたようにはぐらかせば、アルフレッドは益々その双眸を鋭くさせる。そう、その顔が見たかった。
「例え、貴方が認めて下さらなくとも――」
 しかし、そんな満足感と達成感はあっという間に消え去ってしまう。アルフレッドの感情を乱すものは、最早?自分?ではないと分かってしまったからだ。
「――俺は貴方のパラディンです!!」
 どうして、その顔をさせるのが、自分ではないのか。
 どんな環境に置かれるよりも、どんな使命を命じられるよりも、アルフレッドのその態度の変化が、何よりも心を傷付ける。
 もう、昔のようには戻れないのだと、思い知らされる。
 嗚呼、これ以上此処には居られない。
「期待してるぜ、見習いパラディンさん」
 ヒラリと振った手が、向けた声が、せめて軽薄なものであったなら良いと思う。
 こんな顔を、見られるわけにはいかないから。
 こんな気持ちを、知られるわけにはいかないから。
「アーサー様!?」
 世界で三番目に大嫌いな呼び名で呼ばれた瞬間、踏み出した足に力を込めた

作品名:CherieRose ...1 作家名:yupo