CherieRose ...1
05.
この学院における中庭というものは、女子生徒の準社交場― というよりも井戸端会議の場 ―として、非常に重要な意味を持つ。
日々神経質なくらいにミリ単位まできっちりと整えられる芝生の上に、女子生徒達はティーセットや菓子……果ては絨毯やクッションまで持ち寄り、ゆったりと時間を楽しみ会話に花を咲かせるのである。
「やっぱり、青空の下での食事は格別ですね」
「本っ当にそうっすね! 男子達は殆ど中ですけど、そんなの勿体無いですって!!」
この学院は確かに特殊ではあったが、だからと言って何でもかんでも特別待遇が認められるのかと言えば、実はそうではない。学院に伴いを許される使用人は基本的に一人であったし、そうなれば必然的にそれは執事や侍従、或いは侍女になる。
朝食と夕食は規則上決められた時間に決められた場所で取ることが義務付けられているが、昼食においてはそうではない。そして、先述した理由から、わざわざお抱えの料理人を連れて来る生徒も居ない。
つまり、自炊が苦手でその上習得する気も無い生徒――主に男子生徒達は、自分で何とか昼食を調達するしかなく、その大多数が学院の食堂へと足を運ぶのがこの学院の実情なのであった。
「あ、これ美味しいっす。クリームチーズと、胡桃と……何か甘いやつ」
「メープルシロップですよ。蜂蜜よりも甘さが控えめなので、色々と合わせ易いんです」
「へー、初めて知りました。あ、でも、このクリームチーズはクラリスちゃんのお父さんが作ったものですよね!?」
ベーグルサンドを握り潰しそうな勢いでもって詰め寄られた少女は、それでも大して驚いた様子もなく笑顔を浮かべた。リボンで可愛らしく飾られた金髪が、優しく風で揺れる。
「ご名答です、セシェルさん。良く分かりましたね。実は今朝早くに、兄さまが届けて下さったものなんです」
コレもそうですよ、とクラリスは手元のライ麦パンをセシェルに見せる。こんがりと綺麗に焼けたライ麦パンには、刻んだ野菜とナッツをチーズで和えたものが挟まれていた。
「む、そっちも美味しそうっすね」
「まだありますから大丈夫ですよ」
チラチラとお互いのものを見比べるセシェルに、クラリスはまだ充分に満たされたままのバスケットを指し示す。言葉通り、バスケットの中にはベーグルサンドやサンドウィッチの他にも、色鮮やかなフルーツ等が入っていた。
それを見て安心したのだろう、セシェルは再びベーグルサンドの攻略に戻り、クラリスはそんなセシェルに紅茶のお代りを注いでいる。この二人は間違いなく同い年の筈なのだが、全くと言って良い程に正反対だった。
新雪を思わせる白い肌と美しい金髪を持つクラリスと、健康的な小麦色の肌と艶やかな黒髪を持つセシェルは、どこぞの少年二人の様に容姿まで正反対だったが、彼女達は彼らとは違って非常に仲が良かった。
その理由は様々だろうが、彼女達二人がとあることから未だにこの世界に上手く馴染めていない者同士で、何かと通じ合うものがあるというのは大きいだろう。
「あ、そうそう、あの噂聞きましたか?」
「噂って……もしかして、暁様の?」
「そう、それっす! 何か今、その暁様がこの学院に居るらしいんすよねー」
暁がこの学院に居るらしい――それは、今現在生徒達の間で最も頻繁に口にされる話題だ。
「クラリスちゃんは、一体誰が暁様だと思いますか?」
「ウィッタメール家のメリー様は? あぁでも、やっぱりお家柄的にグランサース家のジャンヌ様でしょうか?」
「暁様なら、家柄だけじゃなくて容姿もバッチリでしょうからねー」
高貴な女子生徒――それが即ち暁だと考えられるからだ。
「……っと、噂とすればジャンヌさんですよ」
「流石公爵家の方と言いますか……凄い取り巻きですね」
丁度講義が終わったばかりなのだろう。ジャンヌと呼ばれた少女も、その周りに居る女子生徒達も、教科書を抱えていた。自分の荷物を持たせていないこと、そして、貼り付けたような笑顔から察するに、彼女が取り巻き達を快く思っていないことは明らかである。
「公爵家の方が学院にいらっしゃること自体、とても珍しいことですから、当然と言えば当然のことなのかも知れませんけど……」
「そうっすよねー男の人なら兎も角、女の人は高貴であればある程家で教育されるんでしょう? 私みたいな田舎貴族とは違って」
フランシスさんが前にそう言ってたっすよーとセシェルが言えば、それなら私だって似たようなものですと、クラリスは寂しさと嬉しさが混ざり合ったような表情で返す。
「でも何だか、あの方は近寄り難くて……私はエリザベータさんの方が……」
「確かに。監督生とか以前に、すっごく親切にしてくれますよね。でも、エリザベータさんは、家柄が……」
「はい、とても残念です」
「んー、でも、ジャンヌさんって、そんなに気難しい人でもないっすよ? あの様子からだと想像出来ないかも知れないですけど、昔、家のリゾートにフランシスさんと来てくれた時なんか、しょっちゅう笑ったり怒ったりしてましたもん。一緒にお料理作ったりしましたし、貝殻でアクセサリーとかも作ってみたり。気取った所とか、全然無かったっすよ」
「それは……確かに想像出来ません」
「でっしょー? 多分、取り巻きとか煩い保護者が居なかったからだと思うんですけどねー。あ、あと自然の力っすね! リゾートって、基本的に心と体を休める為に来る所ですから」
おじいちゃんの口癖です! そう言って大きく笑うセシェルを、クラリスは何か眩しいものでも見るような目で見つめていた。
「良い所、なんでしょうね……私もいつか、行ってみたいです。セシェルさんのお家」
兄さまと、一緒に……そう続けられた呟きは、セシェルの耳に届くことはなかった。
「良いですよ! 是非来て下さい!! ついでに、私もクラリスちゃん家をお宅訪問したいです」
「ええどうぞ。自慢のチーズフォンデュを御馳走しま――きゃっ!!」
「クラリスちゃん!!」
「俺も是非ご招待願いたいねぇ、尤も、俺が用があるのはチーズフォンデュじゃなくてお前の兄貴の方だけどな。なぁ……ツヴィンクリ家の御令嬢サマ?」
取り巻きを幾人も従えた少年は、クラリスの腕を捻り上げながらそう言って、薄気味悪い笑みを浮かべた。
作品名:CherieRose ...1 作家名:yupo