CherieRose ...1
07.
箱庭というのは、こういう場所を指すのだろう。完璧に整えられたこの学院で生活を始めてから、早一月。何度も、そんなことを思った。
一流のデザイナー、一流の建築士、一流の庭師が造ったこの学院には、正に選ばれた者しか入学することは許されない。国の人口を考えれば、それこそ一握りどころの話ではないだろう。
全てが無駄だ。土地も材料も金も人も。それでもこの学院の存在に誰も疑問を抱かず、異議を唱えないのは、間違いなくこの学院が実績を挙げているからに他ならなかった。
「まぁ、良いんだけどさ、別に。どうせ他人事だからね」
この国がどんな行く末を迎えようが、構わない。興味などない。自分にとって大切なことは、唯一つだから。
「にしても本当に、あの人何処に行ったんだよ……」
あの逆上ぶりでは大人しくお茶会になど参加しないだろうが、そうなると行き先が全く分からない。転入してから一月では、友人もお気に入りの場所も作れないだろう。かと言って、馬鹿正直に寮に引きこもるような相手でもないのだ。
昔は、違った。決して活発な人ではなかったけれど、あんな風に毎日を無気力に過ごしてはいなかった。今のあの人を見ていると、どうにも自分の役目を放棄しているように関してしまう。
なるべく多くの人間と関わりを持たなければならないというのに、講義に真面目に参加するだけで自らアクションを起こそうとしたことは一度も無い。今の身分では黙っていても周りから寄って来るなんてこのはまずあり得ないのだから、自分の力で人脈を作っていくしかないというのに。
「第一、知り合わなきゃ何にもならないじゃないか」
求められているのは、財力でも血統でもないのだから。判断基準がそんなことなら、この学院もあの人の存在も必要ない。そのことを、分かっていない筈はないだろうに、あの人ときたら――
「前例が無いにも、程があるよ」
再会した日のことを、思い出す。
綺麗になったと、素直に思った。どんな種類の感情よりも真っ先に、そう思った。
それがまさか、こんな異常な状況を生み出すとは、夢にも思わずに。
「……それでも、?大いなる花?の導きは絶対だ」
導きから逃れる術など無く、そして何より、導きは決して間違えない。それは、他でもないこの国の繁栄と歴史が証明していることだ。
だからもう安心して、無駄な抵抗などすることなく、差し出された幸福を手にして欲しい。その為に、自分は此処に居るのだから。それが、自分の願いなのだから。
『例え、貴方が認めて下さらなくとも――俺は貴方のパラディンです!!』
しかしそれでも、あの台詞はないだろうと思わずにはいられない。主張して変わるような問題ではないのだから。
それでも、認めて貰えなければ何も出来ないのだ。約束を、したのに。必ず守ると。
「子供だから、駄目なのかな……」」
頼りない手だと、自分でも思う。どんなに剣を握って鍛練をしても、この手は全てを守りきれる程に大きくはなく、強くもない。
もっと自分が強く、大きな人間であったなら、あの人も自分のことを認めてくれただろうか。側に居て、役目を全うすることを許してくれただろうか。
「あーあ、こんなことが父さんに知れたらそれこそ大目玉だよなぁ……」
沢山の期待を込めて、送り出してくれたのに。このままじゃ、いつまで経っても手紙なんか出せやしない。そう、自己嫌悪に陥って深く溜息を吐いた時だった。
「そーんなジジくさい溜め息ばかり吐いてっと、若さが逃げて行くぜー?」
「ギルベルト……!」
隙ありー、などと言いながら馴れ馴れしく肩を組んで来たのは、珍しく自分が苦手とする相手だった。本当に、悪いこととは重なるものだ。
「いよう、元気にしてたかアル坊!!」
「その呼び方は止めてくれって、何度も言ってるだろうっ子供扱いしないでくれっ」
荒々しく、手加減など考えずに、肩に回された腕を振り払う。おー怖、なんて少しも怖がっていない様子も、きつく睨み上げるしかない身長差にも腹が立つ。
「先日の合同剣術教練で俺と同格に試合ったお前が簡単に後ろを取らせるなんてな……しかもその荒れっぷり……さては恋の悩みか、少年」
「アルフレッドだよ! アルフレッド・F・ジョーンズ!! 俺の名前っ」
何が少年だ。年齢で言うなら、自分自身だってそう呼ばれるには十分だろうに。たった数年先に生まれたというだけで、まるで何かの特権のように。
「それに、変な詮索はよしてくれ! 第一あの試合は、その……ただの偶然だよっ。偶々調子が良かっただけさ」
嗚呼、だから目立つようなことはしたくなかったのに。
『試合? なら軽く全員ぶちのめしてやれよ。お前なら楽勝だろ? 因みに、これは命令だ』
売り言葉に買い言葉、どうせ異例の飛び級をして注目を浴びているのだからと、馬鹿正直に戦った自分も間抜けとしか言いようがないが。
「……えーとじゃ、そういうことでっ」
「いーや待てっお前は強いぞ。なんならあの時の決着を今!」
強い? 本当に? なら何故……! あの人に認めてもらえない!?
そう、お門違いの言葉をギルベルトに吐きそうになった、その瞬間。
「――――っ!?」
ぞわりと、全身に鳥肌が立った。
「お、おい……どうしたアル?」
「何、だい。この感じ……」
胸がざわつく。嫌な予感がしてならない。根拠なんて、何処にも無いけれど。それでも。
「――アルフレッド!?」
この感覚には、覚えがある。決して消え去ることのない記憶が鮮やかに色を放った瞬間、内なる衝動のままに駆け出していた。呼び掛ける声になど、応える余裕も持たないまま。
作品名:CherieRose ...1 作家名:yupo