POPO
話の繋がりが見えなかったので。だがロイは真面目な顔で続ける。どうやら伊達や酔狂で言っているわけではないらしい。まして無計画に口にしているわけでも。
…むしろ、初めから―――ここを訪れた最初から、彼はなにがしかの計画を持っていたに違いない。
「数日でいい。いや、一日でもいい。ヒューズの家に預かられてみる気はないか?」
「―――は………?」
やはり生真面目な顔をして突拍子もないことを言ってきたロイに、アルはただ呆然とする。
「あちらには了承済みだ」
「いや…ちょっと待ってください?」
「ああ」
アルはない頭が痛むのを感じながら、ゆっくりと問う。
「…いまひとつ、話が見えないんですけど?」
「年頃の娘があんな調子では困るだろう?」
「困るって…」
「私は君らの腕は買っているが、…危なっかしくて冷や冷やさせられ通しだよ」
「…………」
「さっきだって…心臓が止まるかと。少なくとも十を超えたら、あんな格好で人目につくところに出て欲しくはないね」
でないと、危なくて、とロイは頭を抱えながらうめくように言った。
「……はぁ、まあ…」
そんなロイに、アルにはかける言葉がない。
確かに彼の言う通りではあると思うのだが、アルから見たら、とはいえそこまで心配する事か?という気もしてしまうのだ。彼に言わせれば、エドが心配すべきなのは性別云々などではなく、もっと別の事だ。好き嫌いをしないとか、むやみやたらと喧嘩を買わないとか、挑発に乗らないとか、腹を出して寝ない、とか…。
「なんだね、そう思わないのか?」
「いや、そういうんじゃないですけど。…大佐は随分兄さんのことを心配してくださってるんだなァ、と思って…」
アルの言葉にしなかった本心をあえて言葉にするなら、「大佐は随分兄さんのことを過保護に扱うんだなあ」である。だが彼は賢い上に人当たりのよい少年だったので、そんなことは口にしなかっただけで。
「当たり前だろう」
アルの内心には気付かず(多分)、ロイは重々しく頷いた。
「鋼のは可愛いんだから。心配するに決まっている」
断言された台詞に、アルは絶句した。今ばかりは表情の現れない鎧の顔をありがたく思う。生身だったら絶対に口元が引きつっていた。
「…ハァ…ソウデスカ…」
「だからだな、アルフォンス。こういうのは私から言ってもどうしようもないだろう?だから君らが知っていて、私も知っていて(人柄に信用が置けて)、なおかつ鋼のが反発しそうになくて、家庭的で…と考えた結果、はじき出された適任がヒューズの細君だ」
「はー…なるほど…」
もはやアルはどうでもよくなってきている。もう好きにしたらいいさ、と。どうせエドがうんと言わなければ何事も進まないし、逆にエドがうんと頷けば、どんな下らない、わけがわからない事でも通ってしまうのだから。
「…いいんじゃないですか?」
「わかってくれたか、アルフォンス」
二人の間には、生身と鎧という違いだけでは説明のつかない厳然たる温度差が横たわっていたが、少なくともロイはその事に気付いていなかった。
まあ、彼は基本的にそういう人柄なのである。
いつもの服装に着替えたエドが出てくると、何となく疲れたような空気を滲ませる弟と、何やら決意を湛えた目をしたロイが待っていた。
「………?」
ふたりの対照的な様子に、エドは首を捻る。何だろうか、一体。
そんなエドに、ロイは先ほどアルにしたのと同じ話を―――いや、同じ提案を、もう少しソフトな言い回しで切り出した。
エドは最初、え、と渋面で難色を示したが、「ヒューズの細君は料理上手だというよ。君が着たら腕によりを掛けた料理をご馳走してくれると言っていた」というロイの一声が決め手になって、ころっと承諾した。
成功してよかったと思うものの、「美味しいものを食べさせてくれると言われても知らない人についていくんじゃないぞ」と言い含める必要を覚えたロイだった。
「よー!!ヒューズ家へようこそ!!」
呼び鈴を鳴らしたら次の瞬間勢いよくドアが開いて、パンパカパンとクラッカー鳴らしつつ家主とその家族が現れた。
―――毎日がサプライズパーティのような家である…。
「…相変わらずだな…ヒューズ…」
クラッカーの紙ふぶきを憮然とした顔で払いつつ、ロイは口元引きつらせて力なく呟いた。
「なんだ、おまえも居たのか。もういいよおまえは帰って」
だがヒューズはそんなこと気にしない。
「よく来たな〜エド、アル!」
とっとと親友をどけて、満面の笑みを浮かべその後ろでびっくりしていたエドの前に立つ。どかされたロイは当然むっとしたが、ヒューズの方が上手だった。
プラス、ヒューズ家奥方グレイシア、及び息女エリシアの方が。
「エドくん、アルくん、よく来てくれたわね」
「エドおにいちゃん、アルおにいちゃん、こんにちは!」
ヒューズと一緒に出てきたふたりは、ロイに目もくれずエドを取り囲む。ますます持ってロイはお邪魔虫だ。
「へっ? …あ、ええと…こんにちは」
エドも目を丸くして驚いている。まあ、無理もなかろう。ただひとりアルだけが、乾いた笑いを浮かべていた。
「感じが悪いぞ、ヒューズ!」
「おまえは手癖が悪いけどな」
親友の憤慨をさらりと流して、ヒューズはエドの肩に手を置いた。グレイシアが背中に手を置き、エリシアがエドの手とアルの手を取る。
「なっ…なんだそれは!」
「言わせるな。俺にも情けはある。…それに、おまえみたいな女の敵はヒューズ家には一歩も入れたくありませんあしからず」
ロイは立場がない。
一体全体なんだってこんな目に遭わなければいけないのか…とイライラと頭をかく。
「―――が、親友のよしみで今日は勘弁してやろう。ありがたく思えよ〜?」
と、落すだけ落としたところでヒューズはあっさり態度を軟化させた。そしてエドの背を押して家の中に入りながら、振り返ってロイに許可を与える。
「茶の一杯くらいなら出してやるからよ」
ロイは…、親友に(またしても)やられたことを理解し、肩を竦め苦笑いを浮かべるのだった。
屋敷に上げられると、まずエドはダイニングテーブルにつけられた。
…所謂家族会議の様相である。当然、家長たるヒューズは一番上座に座った。ゲストのロイはといえば、末席どころかテーブルから離れた客間の椅子に座らされている。間のドアを開放して様子は見えるようになっているが…。
エドは何が何やらわからないまでも、ヒューズには逆らうだけ無駄である、という事をよくよく理解していたため、特に逆らいもしなかった。懸命な判断であろう。
「さて」
普段と先ほどまでのおちゃらけた態度が嘘のように、ヒューズは厳かに切り出した。
「これから臨時家族会議を行います」
「はい、あなたお茶。エドくんは紅茶ね。エリシアにはココア。アルくんも同じの置いておくわね」
「グレイシアはほんっと気がつくなぁ〜!エド、いいかー?こういう女になるんだぞー!」
「………」
エドはあまりのことにぽかんと口を開けて絶句している。苦々しく小さく呟いたのはロイだ。
「……馬鹿か…」
「ロイは今すぐ退場するか?」