POPO
しかしこと家族の話題となるととんでもない地獄耳を発揮するヒューズである。レッドカードをちらつかされ、ロイは沈黙を選ぶしかなくなる。
「何でもない。続けてくれ」
「よろしい」
「あの、…議長」
かわって挙手したのは、膝にエリシアを載せたアルだった。意外と順応性が高いということが、「議長」という呼びかけからわかる。
「なにかな、アル」
「家族っていうのは…」
エドとアルは確かに姉弟で家族だが、ヒューズ達は違う。アルは控えめにそれを言おうとして、だがなんと言ったらいいのかわからず口ごもってしまった。…と、そんなアルに目を細め、ヒューズは安心させるように言ったのである。
「俺がここまで歓迎して家に迎えるのは家族だけだ。だからおまえらも家族扱い。以上。何か質問は?」
「…………」
何かも何も。
アルはもうどうしたらいいのかわからず、離れた所に座っているロイに顔を向けた。が、ロイは黙って首を振った。「逆らうな(無駄だから)」という事に違いない。
「エドも何か質問は?」
「…………えっと…質問ていうか…」
話を降られたエドは、いくらか考え込むように首を傾げた。そして、おもむろに口を開く。
「オレ、お腹が空きました。議長」
この、全くもってマイペースな答えに、ロイは椅子から転げ落ちそうになった。何というか…大物だ…。
「腹減った?」
「うん!」
「…。エド」
「なに?」
「いいか、今大事な話をしている。終わったら飯にしような。だから今はちょっと話聞いてろ」
な、と念を押すヒューズに、わかった、とエドは頷いた。案外素直である。
「―――で。だ。会議を続けるぞ」
家長の言葉に、はーい、とエドとエリシアが答え、グレイシアが微笑を浮かべる。ロイとアルはもはや諦観の境地であった。
「簡単に言うと、エド女の子らしさに目覚めちゃうゾ☆ミッションを今日、明日の二日間を使って展開する」
「…おい、議長」
今度はうめくようにロイが片手を上げた。何のかんのと言って、きちんと挙手して参加する所は妙に律儀であった。
「なんだ、ゲスト」
「…その作戦名には激しく異議ありなのだが」
「なんでだよ。わかりやすくていいじゃねーか」
「…………」
ロイは―――やはり彼にこれ以上逆らうのは不毛だ、と渋々ながら理解した。
いや、理解はしていたのだが…それでもまだどこかで期待が残っていたとでもいうか…。
「………了解した……」
最後まで律儀に、彼はうめくようにではあったけれど返事をした。そんなロイを、アルだけが同情的に見守っていた。
食事まではまだ魔があるということで、グレイシアがお茶とお菓子を出してくれた。それを美味しそうに幸せそうに頬張るエドと、一緒にココアを飲むエリシアを、グレイシアとアルが微笑ましく見守っていた。
そしてそれをさらに目を細めて見守るのは、ヒューズとロイである。
「天使だな。地上に降りた最後の天使だな…そしてそれを見守る女神様だな…!」
「………常々思っているのだが、ヒューズ…おまえ疲れないのか…?」
一部訂正。
微笑ましく見守っているつもりでもどこか斜め上を行っているヒューズと、その隣で口元を引きつらせているロイが四人とは少し離れた場所に居た。
「愚問だな」
「…そうだな…」
「それに逆に聞くが、おまえだって疲れないのか?」
「は?」
人を食ったような笑みを浮かべ、ヒューズは切り出す。
「エドだよ」
「…?鋼のが?どうか?」
「馬鹿。…おまえのは過保護じゃないのかって言ってんの」
ロイは…、あまりの衝撃にしばし絶句した。
「……俺は誰に言われてもおまえにだけはそれを言われることはないと思ってたんだがな…」
そして口を開いた時も、動揺のあまり一人称が変わってしまっている。
「どういう意味だ、そりゃ」
「どういうもこういうも…。おまえだけは他人にそれを言う資格はないと思うんだがな…」
口元をひくつかせて言うロイに、ヒューズはこほん、と咳払いをひとつ。
「それこそ馬鹿言うな。家庭をもったら多かれ少なかれそうなるんだ。覚えとけ」
「………多かれ少なかれ、ねぇ…」
そうだとしても、ヒューズは間違いなく上限ギリギリのところにいて平均値を引き上げる存在に違いあるまいよ、とロイは思った。口には出さなかったが。口に出したのは、ヒューズの問いかけに対する答えである。
「…確かに気にしすぎかもしれないが」
一度区切って、彼は苦笑した。そしてちらりとエドを見遣る。今は影のない顔をして笑う子供を。
「…そうしてやりたいんだ。…それに責任もある」
「責任?」
「ああ。確かに選んだのは鋼の自身だが…まさか女の子だとは気付かなかったからな。勿論女だから手加減するという事ではないんだが…だからといって気に掛けてやらないでいい事にもなるまい?」
「…とんだ宗旨替えだな?遊び人は廃業か?」
「そうだな…そういう事なんだろう」
満足げな表情を浮かべ、ロイは穏やかに答えた。
「今は、見守るのが楽しい。あの子が笑っていれば、それで充分なんだよ」
変われば変わるもんだ、とヒューズは口笛を吹き、それに気付いたエドがふたりを振り返る。そして不思議そうな顔で小首を傾げた後、なぜかクッキーを片手にとことこやってきた。食べている途中に歩き回るのは行儀が悪いが、…彼女はロイの前で止まると、ごく自然な動作でクッキーを差し出し、そして笑った。
「大佐も食べる?」
「…ありがとう」
「すごく美味しいよ。グレイシアさんの手作りなんだって」
エドは何かを懐かしむような顔をして、ひそやかに笑った。そういう顔をしていると、普段の暴れん坊の様子が嘘のようだ。どこか儚げでさえある。
「うちのカミさんは料理上手だからな!そうだ、エドも後で教えてもらえ」
「え?」
からっとしたヒューズの声に、エドの顔から愁いを帯びた表情は消える。
「な?」
どうだ、と尋ねる顔は、…確かに家庭をもつ人間がする、落ち着いた顔だった。ロイには出来ない表情である。
「…教えてくれる?」
エドはくるりとグレイシアを振り返り、窺うようにそう尋ねた。すると彼女は目を細めて笑って、ええ勿論、と答えるのだった。
「…っ、あ、ありがとう…」
そのやさしげな顔に、エドは頬を淡く染めて俯いた。
「よかったね」
ぼそぼそと礼を述べるエドの頭を、ロイは腕を伸ばしてそっと撫でてやる。エドは、うん、と小さく返してきた。
茶を終えると、ロイは、用事があるから、と帰っていった。エドは驚いた顔をしていたが、引き留めはしなかった。
「…さて」
こほん、とグレイシアがおもむろに咳払いすると、ヒューズが立ち上がり、「アル、ちょっとこっち手伝ってくれるか」と弟の方を呼び出す。「エリシアちゃんもパパのお手伝いお願いしまちゅね〜」などと言って愛娘も連れて、ヒューズは庭へ出て行く。
「……?」
リビングにはグレイシアとエドだけが取り残された。その状況に首を捻っていると、エドくん、とグレイシアが呼ぶ。
「なに?」
素直に不思議そうな顔をする子供に、ひとまず着席を示してグレイシアも腰掛ける。
「………?」
「エドくん。今日は女同士のお話があります」
「…へ?」