POPO
「なんでもなにもない、五時といったら五時!」
ロイが肩を竦めて苦笑するのを見、エドは首を傾げつつ、「わかった…」と頷く。そうすればヒューズも「よろしい」と頷いた。
「エドくん、忘れ物よ」
そんなエドに、後からやってきたグレイシアがバスケットを渡した。
「……?」
何だそれは、とヒューズがまじまじ見つめてくるのからそらすように、エドはささっと背中にバスケットを隠した。いかにも怪しい。
「い、いこっか!大佐!」
「え?ああ」
持つよ、とロイが普通に手を出すのに「いい!」と力いっぱい首を降って、エドはごまかすように笑った。
「いってきまーす!」
そして振り返ると、慌ててヒューズ達に言って早足に歩き出す。
「…ところでどこ行くんだ?」
それを慌てて追いかけるロイにヒューズが言葉を投げれば、彼は歩きながら背中を振り返って答えた。
「…セントラル中央公園!」
正方形の皮のショルダーバックは小さくて、今のエドの服装にも、その皮の色は合っていた。先ほどの会話からするにどうやらグレイシアの服らしいから、バックもきっとそうなのだろう。
「鋼の」
前をせかせか歩くエドに笑いを堪えながら、ロイは手を伸ばしてバスケットを捕まえた。
「!」
驚いて振り返るエドに、ロイは困ったように笑う。
「持たせてくれないかな?男として、君に重そうな物を持たせているのは心苦しいんだが」
「………」
エドは口をバクバクさせて反論を捜しているようだったが、結局うまい文句が出てこなかったのだろう。小さくこくりと頷くと、ロイにバスケットを預けて手を放した。
その時ロイは気付いた。手袋はいつもと同じなのかと思ったが、手袋もいつもとは違うらしい事に。裾がフリルのようになっているということは、これもグレイシアのものなのか…。エドは少なくとも、そんな物は持っていないだろう。
「鋼の、これは何が入っているのか聞いてもいいかい?」
軽々とバスケットを抱えながら、ロイはやんわりと尋ねた。
「…笑うなよ?」
疑わしげな顔をしてエドが振り向くので、ロイは噴出しそうになる。
「…笑わないよ」
「ほんとかよ…むしろ今笑いそうじゃねぇか…」
「誓って笑わないよ」
「………。…サンドイッチ…」
「え?」
だから、とエドは頬を染めて語気を強めた。
「サンドイッチ! …公園だっていうから…そこに行くならお弁当を持っていくといいわよ、ってグレイシアさんが言ったから…だから…」
段々語尾に行くにつれ勢いをなくすエドをまじまじと見つめながら、ロイは一瞬呆然とする。しかしすぐに我に返ると、目を細め「ありがとう」と言う。
「…な、…」
「作ってくれたのかい?君が」
「…ま、…まあな。…でも!グレイシアさんが一緒に作ってくれた分はともかく…オレの方は保証しないから!先に言っとくけど…」
「いいよ、君が作ってくれたんなら、それだけで」
ロイは信じられないくらい嬉しそうに言って、空いた手でエドの手を捕まえた。エドは驚いてロイを見上げる。
「ここから先は君は道を知らないだろう?人通りも多いからね、はぐれてしまっては大変だ。恥ずかしいかもしれないが、離さないでくれよ?」
確かに人通りは増えていたが、…道を知らないのもその通りだった。だから、エドはきゅっとロイの手を握り返す。
「…しょうがないから、…繋いどいてやる」
照れ隠しにそっぽを向きながら、精一杯そう呟いて。
セントラルはさすが首都だけあって、通りにも活気があった。随分年も背丈も違うふたりが手を繋いでいるのを、結構な人達に注視されてエドは少しどころでなく恥ずかしかったが、ロイは全く意に介していないようだった。大佐は年だから恥じらいがないんだな、とエドは思ったが、ヒューズが聞いたら違うと言うところだろう。初めからロイには恥じらいなど皆無なのだ、と。
…それはさておき、セントラル中央公園というのは、名前だけ聞くとありふれて大したこともなさそうだが、実は大した公園であった。
広々とした敷地の中には植物園と美術館があり、また数多くの樹木と広い芝生は市民の憩いの場となっていた。当然、デートスポットとしてもポピュラーな場所であった。
ロイが電話してきたのは、敷地内にある美術館に最近変わった遺物が収集されたから、参考に見に行かないか、という用件だった。まあ要するにデートと言えない事もないが…、エドはやはりあまりそうは思っていなかった。
「…こんなとこあったんだ」
セントラルに来るのは初めてではないが、こういった場所は…、つまりヒントのなさそうな場所についての知識はほとんどないエドである。大きな木の下をロイに手を引かれて歩きながら、感心したように木のてっぺんを見上げる。
「初めてかい?」
ロイの問いには、うん、という素直な返事があった。
「後でゆっくり案内しよう。なかなかいい公園だよ」
「え?うん、…あ、大佐、あの枝。いいなあ、なんか登りたくなる、こういう木」
リゼンブールじゃよく木登りしたんだ、とエドは屈託なく笑う。ロイはといえば苦笑して、少なくとも今日はやめておくれ、と軽く懇願した。エドも今日の服がグレイシアの思い出の服だという事を思い出し、今日は登らないよ、と答える。
「あれ?大佐、池もあるのか?」
「ああ、あるよ。貸しボートもある」
「ボート?」
乗るかい?とロイが尋ねると、少し考えた後エドは首を降った。
「グレイシアさんの服濡らしたらやだから」
「そうか。…ではまた、次の機会に」
「うん」
エドは屈託なく頷いた。ロイは微笑ましく思う。…が…。
「スワンとかあるのか?」
「……スワン…?」
「そう、なんか、どっか行った時見たんだ!なんか、変なでっかい白鳥のボート!自転車みたいの漕いで動かすやつ!オレあれ乗ってみたいんだ〜」
勿論ロイは、格好よくボートを漕いで見せてやりたかったわけだが、…エドは一筋縄では行かないようだった。
美術館に着くと、早速不思議な遺物とやらを見に行った。が、特にやはりこれといって気を引くようなものでもなく、むしろエドは、他に飾ってあった絵によほど興味をもたらしかった。
「…空振りに終わらないで済みそうだな」
その様子にほっと胸を撫で下ろしたロイに、小さく小さく、エドは言う。
「…この絵の人、…母さんに似てる」
聞き返さず、ただ目を瞠ってロイはエドを覗き込むように振り向いた。エドは食い入るように、肖像画を見ている。ロイはエドの母親を知らないが、この絵に似ているのだろうか、と視線を絵に向ける。
「…顔はあんまり似てないけど」
「…………」
「でも、…やさしそうで、似てる」
―――それは西の方で信仰されているという宗教に題材を得た絵画で、若い女性が赤子を抱いている穏やかなものだった。背後には、数人の御使いと荒野が広がる。
…タイトルは、聖母子像、と。
「…そうか」
ロイは言葉少なにそう言って、エドの頭を引き寄せた。そしてぽんぽん、と宥めるように何度か撫でてやるのだった。