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POPO

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 絶対に注意されるべきはエドなのだと、きっと百人いたら百人がそう思うはずだが、多分彼らふたりは百一人目と百二人目なのだ。だからしょうがない。世の中には何事も例外というものがあるのだから。
 それに、歩行者の飛び出しによる交通事故だって、責任を追及されるのは車の方である。要するにそれが世の中の真理ということだろう。

「…だって早く大佐に会いたかったから」

 ぼそりと唇突き出して、どういう意図でかは不明だが、エドは小さく言った。この言葉にロイは目を瞠る。反省の色がないけれど可愛いからいいか、とまた適当な事を考えながら。つくづく、…教育のセンスに欠ける男である。
 拗ねたように俯くエドの前に膝をついて、ロイはその小さな手を取った。
「私は君のために何が出来るのかな?」
 あやすようにやさしい声で、「鋼の」と宥めれば、ちらりとエドは上目遣いにロイを見た。…凶悪に可愛いかった。
「…厨房、貸して」
「―――は…?」
「だから。…食堂の厨房、借りたいんだ…」
「…?何か作るのか?」
 不思議に思って問えば、こくりとエドは頷いた。幼い仕種である。しかし幾分不安げでもある。
 …傍若無人と言った方がいいような面もあるエドだが、長子だからか甘えるのは上手くない。だからこんな風に素直に頼み事をしてくるのは実は珍しいことなのだ。だから不安なのだろう、ロイはそう思った。だから殊更やさしげな声で、穏やかに答える。
「…、わかった。この時間なら空いているから大丈夫だろう。一緒に行くよ。貸してもらえるよう話してみよう」
 そう請け負って、軽くエドの頭を撫でれば、嬉しそうに目を輝かせた。
「うんっ。…ありがと、大佐」
 そして思い切り頷いた顔のどこにも、あんな凄惨で過酷な過去は窺えなかった。その事に、ロイは今更ながら安堵を覚えたものだった。

 並んで立てば、頭のてっぺんがどうにかロイの胸につこうかというくらい。ひょこひょこと元気に揺れる触覚を盗み見ながら、実に平和な気分でロイは目を細める。
 頭を抱えたくなるような大きな事件はこのところ起こっていないし(というか、そんなに頻繁に大それた事が起こるわけでもないのだが)、今日は妹か姪っ子か下手をしたら娘のような子供が尋ねてきてくれた上に機嫌がいいし、滅多にない「お願い」をしてくれたし、おまけに天気もいい。
 まさにいい事尽くめだ。意外と彼の幸せは安上がりである。
「ところで、何を作りたいんだ?結構大掛かりな物を作るのかい?」
 実はこう聞いている時点でさえ、ロイは、エドが「食べられる物」を作るとは考えていなかったりした。何かを錬成するのに、場所が厨房だと調度いいのかもしれないな…と、彼は彼なりに予想していた。
 なので。

「卵のケーキ作るんだ!」

 この答えに、え、とばかり目を見開いた。幸いにして前を歩くエドには見られる事がなかったが。
「…卵のケーキ?」
「うん。あのな、えっと…」
 エドは少し恥ずかしげに俯いて、ごく小さな声でぼそぼそと説明し始めた。
「…卵の。えっと…蒸しケーキ?ケーキっていってもなんか、ちゃんとしたのじゃないんだけど…」
「……」
 ロイはほんの少し腰を屈め、俯く顔を覗きこもうとする。
「かーさんが昔おやつに作ってくれたんだ。…卵いっぱい使うの。オレもお手伝いして一緒に作ったんだ」
 だから作り方は大丈夫、覚えてるから。
 エドはそこでようやく顔を上げ、若干赤くなった頬をしてそう言った。
 「お手伝い」という妙に丁寧な言い回しが随分とあどけない。きっと、まだ母親が健在だった頃の名残なのだろう。そう思うと不憫でもあった。
「軍の食堂の…えっと、お台所借りたら、おっきいのが作れるだろ?」
 ロイは胸の内から何か暖かいものがこみあげるような気持ちがして、そうだね、とただ言葉だけは短く、けれども信じられないくらい穏やかに答えた。
「私も手伝おうか」
「え? …え?!」
「先に言っておくが、急ぎの仕事はないよ。ちょっとくらい休憩を取っても罰は当たらないはずだ」
「で、あ、…い、いいよ!台所…じゃなかった厨房!貸してくれればいいんだってば!」
「厨房は勿論借りるよ(私がこんなチャンスを見逃すはずがないだろうに…)」
 激しく首を振って遠慮するエドに、ロイは今度は幾らか人を食った笑みを浮かべた。
「大丈夫。こう見えても私の卵割りの腕はプロ級だ」
 そしてこのわけのわからぬ答えに、エドは困ったように眉をひそめた。
「…大佐…昔コックのアルバイトでもしてたのか?」
 さてね、と笑うロイは楽しそうで、エドはどう断ってもこの大人は一緒に作る気なんだろうな、と思った。

 昼時を過ぎた食堂では、おばちゃんおじちゃんが三々五々休憩を取ったり夜食の仕込をしたりしていた。さすがにカウンターの中に入ってきたのは前代未聞の司令官さんは、厨房の責任者に、邪魔にはならないから厨房の一角を貸してもらえないだろうか、と丁重に切り出した。彼が連れてきたちびっ子を実は密かに可愛がっていたりする(いずこも事情は同じようだ…)おばちゃんたちは、いいわよ、と二つ返事で貸してくれた。大佐の笑顔よりエドの恥ずかしそうな顔に心を動かされたのは、女性に母性が勝った瞬間だったかもしれない。
 何をするのか、という質問に「卵の蒸しケーキを作る」と先ほどと同じ答えを返したエドを、ロイは微笑ましそうに、そしておばちゃんたちは軽い驚きとともに見つめていた。
「あ、そうだ、アルが先に来てるはずなんだけど…」
 そういえば弟は一緒ではなかったな、と今更に思い出すロイである。薄情というよりは、…多分弟の方が信用が置けるという話だろう。彼はひとりであっても妙な事には遭遇しない、という一瞬の信頼めいた確信がロイの中にはあった。
 と、エドの声を待っていたかのような絶妙のタイミングで、とたとた、と不思議な足音。
「兄さんきてますかー」
 主語を欠いた呼びかけだが、東方司令部にいてこの声と呼びかけに心当たりがいない人間はよっぽどの新人だろう。
 そんなに頻繁に彼らがやってくるわけではないのだが、…記憶に残るのだ。
「アル!こっちこっち!」
 カウンターの奥から身を乗り出すようにしてエドが呼ばわれば、何かを抱えたアルがやってくる。
「…バスケット?」
 ロイがエドの後ろで首を捻っていると、アルはやたらと大きなバスケットを抱えたままカウンターまでやってきた。
「あ、大佐こんにちは」
「ああ、こんにちは。…それは?」
 マイペースに挨拶をくれた少年に、ロイもまた返す。そして問いかけた。
「あ、卵です」
 アルは何でもないことのように言うと、そっとカウンターにバスケットを下ろした。
「…全部?」
 アルが両手で抱えるほどの、それこそ赤ん坊でも入ってしまいそうなバスケットである。その中身が全部卵だとしたら、とんでもない量であろう。
「いえ。砂糖も入ってますよ」
 あとベーキングパウダーも。
「…小麦粉は?」
 ケーキというなら多分粉が大半だろう、ロイは何となく推論しながらそう尋ねた。するとアルはこともなげに肩を竦める。
「ああ、粉なら」
作品名:POPO 作家名:スサ