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POPO

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 エド自身が、小首を傾げながら確かめているのだからどうしようもない。違う、そんな事ないから、とブレダは心の中で激しくツッコミを入れたが、…声に出さない主張は主張とは言えない。だが彼も自分の身が可愛かった。そしてそれは誰に責められる事でもない。
「そうだよ」
 タマネギだって私が切るし、魚だって私が捌くよ。
 ロイは歌うように簡単にそう念を押した。
「…そっか!」
 その、考えようによってはもん…っのすごく甘ったるい台詞に、エドはあっさり丸めこまれた。ぱあっと顔を輝かせて、大きく頷く。
 そしてロイはといえば、まったくもって人畜無害な顔をしてあっさり頷く。
「そうさ」
「そっかー、よかった!オレ魚捌くの苦手なんだよね〜、手も魚くさくなるしさー」
「心配しなくて大丈夫だよ。ほら鋼の、そっちの卵も貸しなさい」
 甘い言葉を惜しげもなく吐きながら、器用に卵を割り続けていたロイが言うと、はい、と素直にエドは残りの卵を差し出したのだった。


「…どっこ行ったんですかねー大佐…」
 どこか途方に暮れたような様子でハボック少尉はぼやいた。あまり深刻そうには見えなかったが、あまり困ったとかそういった事を口にしない男なので、案外結構困っているのかもしれない。
「…少し気が抜けすぎなんじゃないかしら…」
 そんなハボックの隣、静かに呟いたのはホークアイ中尉である。
 うわぁ、と心の中だけでハボックは唸った。

 早く出てきた方がいいですよ大佐、中尉、多分そろそろ怒りますよ。

 そしてこっそり、心の中でSOSを送ってみたりする。…彼らはあまり他人の…というか他の男性のそういった心情の機微に自発的に鈍くなる事が多々あるので、きっと通じる事はないだろうが。
「…あ、そういえば、中尉」
「なに?」
「確かエド達が来てるみたいなことをさっき聞いたんですけど…」
 もしかして関係あるでしょうかね?
 そう言って首を傾げたハボックをまじまじと見つめた後(それはもう、ハボックの居心地が悪くなる寸前まで)、はぁ、と彼女は溜息をついた。
「…十中九、十、それでしょうね」
 彼女は手にした急ぎの申請書類を握りつぶしそうになったが、必死に自制した。そして遠い目をしてふっと笑った。
「…でも、エド達が来てるにしちゃ静かだと思うんですよ」
 ひょっとすると虚ろにも見えるホークアイにびくつきながらも、ハボックは思うところを述べてみた。
 もしもエドがやってきたのなら、多分、まずは大佐の許を訪れるだろう。案外律儀な子供なのだ。
 だが執務室はもぬけの殻だった。だとすれば、大佐はエドと一緒にどこぞへ逃亡したのに違いあるまい。しかしロイが司令部の外へ出て行った痕跡もまたないのである。となれば司令部の敷地のどこかにはいるのだろうが…どこかといっても、そんな漠然としたヒントではヒントにもならない。むしろ混乱するだけだ。
「…ま、まあ中尉…あ、ちょうど食堂の近くまで着たし、とりあえず茶でも飲んでから考えませんか。もう三時だし…」
 どんよりしてくる空気に辟易しながら、ハボックは愛想笑いを浮かべてそう提案してみた。彼自身そろそろ一服したくなってきたのもあるし、やはり中尉をこのままにしておくわけにもいかないので。
 ―――だが、彼にしては珍しく、アタリを引き当てる提案だったかもしれない。
 食堂には、彼らの求める人物の姿があったのだから。

 …衛生上の問題なのだろうか。一心不乱に何かをかき回す(色から察するに卵)エドは、前からサイドの髪を黒いピンで留め、普段は隠れているきれいな額を露にしていた。
「………」
 何となく無言で見守るハボックの顔には、ありありと書いてあった。弾きたいと。でこぴんしてぇ、と(…まさか上司が同じ事を考えていたとは知らなかったが)。
 だが、ハボックがその衝動を実行に移したかというと、そうではなかった。
 なぜなら、今彼の隣に立っている女性もまた、さっきまで二人が探していた大佐と同様に、エドを可愛がっているのである。ふたりの可愛がりようときたら日に日にエスカレートするばかりで、一向にクールダウンの兆しを見せないのだ。まさかそんな彼らを差し置いて自分がそんな事をした日には…、減棒で済めばよいが、という話である。
 と、不意に中尉が一歩進み出た。
「エドワードくん」
 この呼びかけに、まずはエドの奥にいたロイが顔を上げた。次いで、頬に卵白のようなものをちょっぴり飛ばしたエドが嬉しそうに顔を上げる。
「中尉」
 泡だて器を片手に笑う顔はまるで小さな子供のそれ。見ているだけで和んでしまうような、愛らしい顔だった。
「あのね、卵のケーキ…」
 勢い込んで言おうとしたエドの額を、中尉の白い指がつついた。ちょん、と。
「…ちゅうい…?」
 予測不可能なその行動に、エドは目を丸くしてぽかんとしてしまう。しかしリザはにこりと微笑むと、膝を折ってエドの顔を覗き込んだ。
「可愛いわね。おでこ」
 そしてこの台詞に、今度はエドは顔を真っ赤にして慌ててピンを取りにかかる。しかしあまりに慌てたせいか、引っかかってうまく取れない。それでもなお外そうとする手を、やんわりと白い手が留めた。
「いいじゃない。可愛いわ。きれいなおでこじゃないの」
 ふふ、と笑いながらの中尉の言葉に、エドの顔はどんどん赤くなっていく。
「や、…やめてよっ…、中尉…」
 しかしどれだけエドが恥ずかしがっても中尉は取り合わず、しきりと額をつついたりしている。エドは嫌がるように逃げるのだが、中尉はその点あまり容赦がなかった。そしてそんなやりとりに、ロイまでもがエド同様卵を攪拌していた手を思わず止めて微笑ましげに目を細める。
「…でも、なんだか勿体無い気もするわね…」
 と、そんな周囲の視線など欠片も気にすることなく、リザは呟いた。
「もっと可愛いピンを使ったら、きっともっと可愛くなるわ。ね、少し待っていて頂戴ね。今持ってくるから」
 実は密かにハボックあたりは、「え、中尉そんなの持ってるんすか?」と内心かなり疑問に思っていたりしたのだが、懸命な事にけして口にはしなかった。
 そして、わたわたするエドの傍まで、とうとうハボックも歩みより、背の高い彼はリザと違って最初からしゃがみこんでエドを見上げることにした。それでもまだかなり大きく感じられ、エドは複雑な気持ちだったが…。
 だが、複雑だとかいったことを感じていられたのは、ごく短い時間だった。

 ぴんっ

「…っ!」
 弾かれた額を思わず抑えるエドに、ハボックは人懐こい顔で笑った。
「よぅ、おでこちゃん。なーに作ってんだい?」
「でっ! …デコってゆーな!」
 よろりとしながらも、エドは噛み付く勢いで食って掛かる。
 そんなに強く弾いたわけでもないのだろうが、…何しろ、のほほんとして見えても現役軍人である。指の力もそれなりに強い。
「いいじゃねーか、中尉だって可愛い、って言ってるだろ?」
 ねぇ、とそのままリザに笑いかけた顔は、どちらかといえば兄貴の顔だった。男の顔というよりも。その事に中尉は少し驚きを感じたが、ただ、「そうね」と頷くに留める。
 …要するに、皆エドが可愛くてしょうがないのだ。そういうことだろう。
作品名:POPO 作家名:スサ