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POPO

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「でこはでこだろ。おまえ、ほんといいでこしてるなぁ…つるつるじゃねーか」
 えい、とピンピン弾いてくるハボックから何とか逃げようとするエドだが、何しろリーチが違う。どう見ても分が悪かった。
 ―――と。
 エドを可愛がりたいことにかけては、きっと司令部一であろう人が、とうとうボールを置いてエドに近づいてきた。エドの背後にいた彼は、足下のあやうくなってきたエドを後ろからそっと抱き留める。
「…鋼の」
 背中を支えられ、ほっと安堵の息をついたエドの耳に、ひどくやさしげな声が降ってくる。呼びかけに、首をそらして上を向くことで、エドは随分とやさしく笑うロイの顔を見つける。
 ―――ちなみにエドの知る由もないが、普段外でご婦人方に見せるのと比べて格段に甘ったるいものだった。正に猫かわいがりとはよく言ったもの、そう言いたくなるような顔だった。
 ロイは笑顔のまま、そっと赤くなったエドの額をさらりと撫でた。
「赤くなってしまったな。痛くないか?」
「…ちょっと、痛いかな…?」
 でもなんでそんなこと、とエドは不思議に思ったが、それ以上は口に出来なかった。ロイの顔が落っこちてきたからだ。思わず目をぎゅっと閉じたエドの額に、ほんのわずか濡れた感触があって。だがそれはすぐに離れ、そして恐る恐る彼女は目を開けた。
「―――痛いのは食べてしまった」
 目が合うと、それこそ蕩けそうな顔をして笑われたので、さすがのエドも恥ずかしくなる。なんでか、はわからなかったが、とりあえず何となく恥ずかしい。
 …ちなみに周囲にいた人は恥ずかしいどころではなかったが。ハボックなどは、本気で砂でも吐きそうな顔をしている。中尉はこめかみが引きつっているような気がした。ブレダなどはもはや相手にするのも馬鹿馬鹿しくなっているのか、アルと一緒に一心不乱に粉をふるいにかけていた。…それにしても何度ふるう気だろうか、もう確実に三回はふるいにかけている気がする。スポンジケーキでも作る気だろうか。
 ロイは呆然とするエドの髪から黒ピンをそっと取ると、前髪部分を少し下ろして手櫛で形を整え、サイドの長い髪だけ留めなおしてやった。そして、最後に一度、前髪を撫でる。
「これで解決だ。さぁ、続けよう」
 にこりと笑って、羞恥心が多分人の半分くらいしかないに違いない男は、鷹揚にそう声をかけたのだった。


 ―――それから。
 エドとアル、ロイにブレダ、後から着たホークアイとハボックも加わって、彼らは大きな蒸し器を使って、大きな丸い蒸しケーキをいくつもいくつも作った。
 途中、案外不器用だった中尉の料理の腕をロイがからかい、厨房が一触即発の危機に陥る場面もあったが、それはエドの「仲良くケーキ作らなきゃだめだろ!」という声とあまり痛くない拳であっさり解決を見た。言うまでもないが、殴られたのはロイだけである。
 あまりにたくさん作られたので、ケーキはその日勤務していた軍人達―――のさすがに全部とは行かなかったが、軍人達のかなり大勢にも振舞われた。彼らは戸惑ったようだったが、だがしっかりと喜んだ。男どもはともかくとしても、ホークアイ中尉の手作り(真実のすべてではないが、まるきりの嘘でもない)だと聞いて感激している者もいた。一緒に仕事をしたことがない人間からしたら、彼女はまったく理想の高嶺の花であったりもするのだ。
 一緒に、仕事をしたことがなければ…。
 無論彼女が素晴らしい人間である事に疑いはないが、…大人しく男の傍にあって微笑みを湛えているような、そういう女性ではないし、そもそも彼女の素晴らしさとはそういう面に発揮される類の物ではないのだ。
 だが、…まあ、知らぬが花とでも言うべきだろう。世の中では、真実がいつも意味のあるものとは限らないのだ。


 いくつも作ったうちのひとつ、丸い蒸しケーキを皿に載せ、エドは東方司令部の裏庭へ向かう。まだ掛けたままのエプロンのポケットに、切り分ける為のナイフや手拭を入れて。春を過ぎ夏へ向かう陽射しは強く、エドの金の髪をきらきらと輝かせていた。
「大丈夫か?持つぞ?」
「大丈夫に決まってるだろ」
 そんなエドの斜め後ろ、黙ってついていく様子ではあるが、幾分心配げに手元と足下を見守る男がひとり。作業を(無理矢理)手伝ったロイである。
「大佐は飲み物死守!こぼしたらもっかい取りに行かせるからな!」
 そんなロイに、エドはびしりと言った。これには、はいはい、仰せのままに、と上機嫌に答えて。
「…で、どこまで行くのかな?」
「んーと、…アルが先に来てるはずなんだけど…」
 裏庭にちょうどよい芝生があるから、と。
 そこでケーキを食べようと言い出したのはエドだった。
 即席のピクニックに、では敷物を出そうという話になり、そういった細々したものをアルとブレダ、そしてハボックが用意する事になった。
 そして今、エドは肝心のケーキを持ち、ロイはお茶の入ったポットを持ってそこへ向かっているのだ。…世の中広しといえども、「あの」マスタング大佐をここまで顎で使える人間はそうそういない。まして大佐本人が嬉々として従っているのだから、とんでもない事ではある。本人は気付いていないだろうけれど。
 …ちなみにホークアイ中尉はといえば、今度こそ「可愛いピン」を取りに行っている。後でいいよと言うエドに、時間は掛からないから、と言って彼女は引き下がらなかった。
「大佐、大将、こっちこっち」
 きょろきょろするエドに、そう離れていないところから声がかかる。ハボックだった。
「今行くー!」
 テントにも見える丈夫そうなシートが広々と広げられているのに気付いて、エドの顔はぱあっと明るくなる。それを後ろから見守って、ロイはこっそり笑う。
「大佐大佐っ、ほら早くっ」
 そんなロイを振り返り、エドは屈託のない顔で急かした。
「ああ、わかったよ」
 くすくすと笑いながら、ロイはゆったりと頷く。金髪が陽射しに踊るのに、満足げに目を細めながら。


 敷物には既にブレダとハボックが寛いでいた。その隣で、アルは一応行儀よく座っていた。
「お待たせー!」
「おお、待ったぞー、たくさん食わせてくれるって約束だったからな」
 ブレダは笑いながらエドの髪をわしゃわしゃとかき回した。
「おわっ! …もー、やめろよな!」
「いいだろ、ぐしゃぐしゃになったら大佐が直してくれるって」
 憤慨の声を上げるエドに、少々意地悪い顔をしてブレダが言う。ねぇ、大佐、とロイに話を振ることも忘れないあたり、…しっかりしている。
「…ああ、勿論。今度は髪型の本でも読んでもっと勉強しておこう」
 話を振られたロイは一瞬瞬きしたものの、すぐに笑ってそう応える。冗談のように聞こえる雰囲気だったが、…本気だな、とブレダとハボックは思った。多分この男はやる。きっと明日にはティーンの少女向けのヘアスタイルがわんさと載った、美容院にでもありそうなカタログが執務室の机の上にある。賭けてもいい。
作品名:POPO 作家名:スサ