One Wish
トン、と心の回廊に降り立つ。
いつもと変わらず薄暗い光の交叉する回廊の両側には、明るい光の漏れる開け放たれた扉と、ウジャトの刻まれた閉ざされた石の扉。
相変わらず開けっ放しの相棒の部屋からは煌々と光が漏れてる。僅かに苦笑を漏らして、さてもう一度様子を見て、落ち着いているようなら邪魔しないように自分の部屋に戻ろう、と一歩踏み出した時。
視界の端に何か、が引っ掛かった。
待て。
………今何か、不自然じゃなかったか?
何となく目の端に映ったそれを確かめるべく、相棒の部屋を覗き込んで。
予想外の事象に、彼は言葉を失った。
「・・・っ」
ちょっと待て。
いつもなら、乱雑に(本人は否定するがそれ以外言いようがない)散らかっている部屋の片隅にある、寝心地の良さそうなベッドで気持ち良さげに相棒が眠っているはず、なのに。
あるはずの相棒の姿がない。
慌てて部屋を見回してみても、何処にも姿がない。
…ではやはりさっきのは見間違いではないということか。
微妙にイヤな予感にかられつつも、見上げた先。
浮いてるし。
「・・・相棒・・・」
巨大な脱力感に襲われた彼に非はないだろう。
取り合えず相棒はいた。いるにはいるが・・・。
どういう事なんだろう、これは。
全身の力を抜いて水に漂う人のように、ふんわりと、宙に浮いている。
・・・確かに相棒は風邪を引いて、熱に浮かされて、ふらふらしていた。
だが。
「・・・それはこういう意味じゃないんじゃないか・・・?」
僅かに額に汗をにじませ小声でツッコんでみても、半身が寝ている以上、ここで答えてくれる者は誰もいない。
だが、そういえば・・・以前にも寝ぼけた相棒は寝ぼけたまま強制部屋の模様替えをしていたような。(勿論起きた時に彼の記憶にはなかった)(ちなみに元がとっ散らかったあの状態なので、本人は『落ち着かないから元通りにした』と言っていたが何処をどう弄ったのか皆目検討も付かなかった事は内緒にしている)
もとい。
ぐるぐると違う方向へ逸れかける意識を引き戻し、彼は一つ頭を振って、雑念を追い払った。
今はそれより相棒の方が問題だ。
…あのままでは落ち着いて休んだ、とは言えないんじゃないだろうか。
身体と同じように心も休まないと、本当の意味での回復はしない。
「・・・・・・。」
…ここは心の部屋だ。意識の力で何とでもなる。(実際自分の部屋の中では意識するだけで意外と好き放題だ)だとするとこれも起こりうる事ではあるのだろうが…。
というより今までにも自分が知らないだけであったんじゃないだろうか、これは。
・・・ありうる。
取り合えず一応の納得はしてみて、彼は変わらず部屋をぷかぷかしている相棒を見上げた。
何とかしてベッドに落ち着けたいが・・・。
・・・さて、どうする。
相棒はちょっとやそっとの事では手の届かない所にいる。
ここには踏み台に出来るような物も何もないし、勿論同じように浮く事も出来ない。
「・・・相棒」
取り合えず、ふわふわ漂う彼の真下まで歩み寄り、小さく呼びかけてみるが…反応はない。
「相棒?」
再度小さく呼びかけた時だ。
ピク、と指先が動いたのを彼が見逃す筈がなかった。
「…相棒。聞こえているのなら降りてきてくれないか」
今度は呼びかけに答えるようにゆっくり、ゆっくりと遊戯の身体が下降を始めた。
ふわり、と。
重さを全く感じさせることのない動きで、目の前に遊戯の身体が降りてくる。
触れると、羽根のように軽い。ポン、と何の抵抗もなく掌の上で弾んだ身体を慌てて抱き込むと、もう一人の遊戯は部屋の端に誂えられているベッドに遊戯を横たえた。
呼吸は穏やかだが、触れた身体はやはりまだ熱を持っているのか、常よりも熱い。
彼は眉を潜めると隅に寄せられていた軽い毛布をそっと掛けてやった。
さて、これで一段落。
と思いきや、手を離せばまたふわりと浮こうとする身体。
――――・・・・・・。
彼は諦めたように一つ息を付くと、毛布を剥いで相棒の身体を少し奥へずらすと、空いたスペースにするりと潜り込んだ。
半身の身体に緩く腕を巻き付け、抱き締める。
こうなれば最終手段だ。
後は自分が重りになるしかない。
何となく今の状態に微妙な物を感じないでもないが、そこは目を瞑る事にして、彼は大きく息を付いた。
人肌が温かいのか、する、と擦り寄ってくる遊戯にくすぐったさを感じながら、目を覚ました相棒がどんな反応をするのかを。少し考えてみて薄く笑うと、彼もまたゆっくりと目を閉じた。