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暴走王子と散々な影武者

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美少年の語らい



「ローイー!? どこにいるのー!!?」
 姿の見当たらない影武者を探し、今日もアルフェリア軍軍主ファルーシュ王子殿下は、普段は見せない鬼のような剣幕で、本拠地を駆け回る。
 しかし、目的の人物は日を追うごとに逃げ足が早くなり、なかなかファルーシュの思い当たらない場所へうまく逃げ込むようになっていた。


「んでよ、王子さんってばひでぇんだぜ? もう、カンベンしてくれってかんじでさ。って、聞いてんのかよ」
「はいはい、聞いてるよ」
 ふわーっとあくびをしながら、ひらひらと手がどうでもよさそうに振られた。
 ファルーシュが城中をロイを探しまわって駆けずり回っているとある日の午後。
 ぽかぽかと窓から入り込んできる日差しはあたたかく、昼寝をするにはもってこいの陽気。
 なのはわかるが、適当に話をあしらわれてしまったロイは当然、憤慨した。
「それが人の話を聞く態度かよリヒャルト!」
 むっとして訴えれば、はあ、とため息をつき、寝返りを打ってようやくロイを向くリヒャルトだ。
「あのねぇ、君が勝手に僕の昼寝の邪魔しに押しかけてきたんでしょう? ぼくだって暇じゃないの。きみの愚痴に付き合ってる余裕なんてないんだよ」
「って、おもいっきり暇そうにごろごろしてるじゃねーか」
「これはごろごろしてるんじゃなくて、とっても重要なことについて思い悩んでるって言うの」
「……何に」
「それはもちろん、ミューラーさんは今頃何してるかなーとか、ミューラーさんはぼくがいないのに敵と遭遇しちゃったりしたら大丈夫かなーとか、ミューラーさんは……」
「もういい、やめろ……」
 このまま口を開かせていたら延々ミューラーについて語りそうなリヒャルトの口を思わず両手でふさいでいた。
 その態度に、ますますリヒャルトは不満そうである。
 むしろ、この部屋にロイが足を踏み込んでから、リヒャルトは不機嫌ではあったのだが。
 それもそのはず。今日はリヒャルトの愛しのミューラーさんが、傭兵旅団の会合があるとかで部屋を空けているのだ。ミューラーが側にいないときのリヒャルトは大概にっこり笑ってはいても不機嫌だということは、今までの経験上、ロイもわかり始めている。
 しかし、何故にこの少年がそこまで肩入れするのかわからないロイである。
「あんなおっさんの、どこがいいんだか……」
 ぴくりと、その台詞を聞きつけたリヒャルトの耳がひくついた。
「今、なんて言った、ロイ?」
 にっこりとした笑みを見せながらも、その手はしっかり愛用の剣にかかっていた。
 さっとロイの顔面から血の気が引く。
「いえ、なんでも……っ」
 とっさに謝罪してしまうのは、もはやいつものファルーシュとのやりとりのくせなのか。
 ファルーシュの場合はしまったと思ったときには遅いが、幸い、リヒャルトはそこまで底意地が悪くないと言うのか、それとも単にロイに興味がないだけなのか。あっさりとロイを放免してくれる。
 しかし、逆にその後の台詞が悪かった。
 底意地の悪いファルーシュとは違い、リヒャルトは、どちらかと言うと、天然だったのかもしれない。
「でも……。今の台詞、それを言うならロイにも通じると思うんだよね」
「なんで?」
「だって……。どこがいいの? あんな王子サマ」
「んなぁっ!!?」
 さっきは真っ青だったはずのロイの顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
「な、な、何を、いきなりっ、お、オレは、あんなやつ、いいなんて、一言も言ってな……っ」
「でも、いつも話を聞いてると、二言目にはロイだって王子さんが王子さんがって言ってるし。それに、そういう態度は、そういう意味、じゃないのかなぁ」
 にっこり、のほほんとしかし、的確にロイの心理をついていたリヒャルトに台詞に、うっとロイは言葉につまる。
 だが、ここで認めたらロイ自身ファルーシュのような変態の仲間入りになってしまうではないかっ!
「ぜぇぇ〜〜〜ったい違う! 断じて違う!! オレはあんなやつこれっぽっちも好きでもな……っ!!」
 そのとき、ごつっとロイの後頭部に派手な音が響いた。
「何やってんだお前ら」
 のっそりと扉をくぐるようにして入ってきた大男は、眼前で後頭部に大きなたんこぶを作り、床に倒れ伏した少年を見つけて首をかしげた。
「あ、ミューラーさん〜。おかえりなさーいっ」
 そして更に、倒れたロイに見向きもせずに、リヒャルトはベッドから飛び降り、ロイを踏みつけてミューラーの元へと駆け寄る。
「お、おまえら〜〜〜っっ!!」
 がばりとロイは跳ね起きるが、頭に花が咲いたようにハートを飛ばしながらミューラーに擦り寄るリヒャルトとそれをうっとおしいっと投げ飛ばそうとするほどの勢いで引き剥がそうとするミューラーには、そんなロイの怒りは届かない。
 それに、それよりももっと大変なことが、ロイに迫りつつあった。
「こんなところにいたんだね〜、ロイ〜〜……」
「ひぃっ」
 ふふふ、と怨念めいたファルーシュの笑みが、扉の隙間からロイに向けられていた。
「……」
 引きつった顔のままロイは硬直した。
 前はファルーシュが陣取る扉一つ。
 後ろはセラス湖の湖面につながる窓が一つ。
「もう逃がさないよ〜。ロイ〜〜。今日はヤシュナ村の温泉に二人で行こうって昨日あれほど約束したのに忘れたのかなぁ〜?」
 それは、おまえが勝手に決めたんだろうが!
 叫びたかったが、声すらどこかへ吸い込まれてしまったかのように、消えうせてしまっていた。
 ああ、もうこうなったら、セラス湖に入水自殺でもするしかないのか……。でも、そんなことをしてもこのファルーシュはそれこそ火の中水の中の勢いで追ってきそうだ。
「あははは……」
 乾いた笑みがこぼれ、そのままロイは再び床に倒れ伏す。
 その後、ロイの運命を知るものは、いない……。



作品名:暴走王子と散々な影武者 作家名:日々夜