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カラの安らぎ、目覚めの行方

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ユクエフメイ


 
 
 母さんを作ろうと思っていた。
 アルと二人で挑んだ、幼いオレたちの最大の過ち。
 錬成反応がいつもと違うことに気付いた時には、もう遅かった。
 ぞくりと、背筋に寒気が走った。
 青白い光と空気のうねりの中に闇が混じる。やがてそれはもともとの錬成反応を食いつぶす勢いで膨張し始め、辺りを覆い尽くす。
 細く伸び、縮み、帯のようになって闇はオレたちに迫る。まるでオレたちに絡みつこうとするように。
「兄さん、なんか変だよ」
 アルの声が震えていた。
 でも、オレたちの理論は間違ってない。だから大丈夫だ。
 オレは脅えるアルを少しでも安心させようと、そう言葉にのせようとした。なのに。
 錬成反応が、アルを襲った。
 アルが自分の左腕を見て目を見開く。声にならない悲鳴。がたがたと振るえる体。
 触手のような闇が、アルの身体に絡みつこうとしていた。
 腕が消える。アルの腕が分解されていく。
「アル!」
 オレは反射的にアルに手を伸ばした。
 それが届かないと気付いたのは、俺の足元に錬成反応の光がちらついたとき。
 消えていく自分の足。膝から下が砕けるようにして切り離されていく。
 リバウンドだ!
「兄さん!!」
 アルのひきつった悲鳴。
 いつもなら穏やかな目元を今はいっぱいに開いて、アルは空を掴むしかない指先をオレの方に必死になって伸ばしていた。その身体はもう指先まで分解されかかっていて。
 蒼白なアルの顔がどんどん欠けていく。
 涙の一滴までもが、割れ砕ける。
 悲鳴すらも、もう何かに飲み込まれた。
 そしてついに最後の一片が、オレの目の前で破裂した。
「アル―――――!」
 
 
「アル!」
 絶叫して、オレは闇の中から跳ね起きた。
 呼吸が荒い。ぜいぜいという音がやたらうるさく感じる。
 左手は汗でびっしょりと濡れていた。服が肌にくっついて気持ちが悪い。まるで、あの闇の触手が今でもまだうねうねと蠢いて、腕に足に絡みついてくるかのよう。
 でも、あのときとは違う。
 右腕と左足にその感覚はない。当たり前だ。そこは今肉体ではなくて機械鎧なのだから。
 そうあれは夢だ。
 今起きたことじゃない。
 過去の夢。
 過去の記憶。
 でも。
 オレは胸元と口元をとっさに押さえた。
 こみ上げてくる吐き気。
 耳に響いてくるアルの絶叫。
 目を閉じれば再び蘇ってくる。
 差し伸べたオレの手がアルの指先に届くかと思った瞬間、最後のひとかけらが壊される。自分の前から跡形もなく。
 そしてこの夢を見た後に決まって訪れる、底知れない不安。
 オレは気が付くとアルの姿を探していた。
 ここは宿屋だ。昨日、アルと共に泊まった。アルはここにいる。絶対にいる。
 そう言い聞かせて視線をさまよわせる。
 でも、こんな日に限ってアルの姿が見当たらない。ベッドの上から見える範囲にはどこにもいない。
「アル……?」
 呼んでみても、返事は返ってこない。
 オレはベッドから飛び降りた。
 続きの調理場?
 それとも隣のリビング?
 もしかして下で宿屋の女将から朝食でも調達してるのか?
 ああ、そうかそれで女将につかまって世間話でもしているのかもしれない。
 でも、そんな当たり前の答えは、万に一つもありえないはずの唯一の考えによってかき消される。
 アルはまた向こう側に連れ去られてしまったんじゃないのか。
 体中から音をたてて血の気が引いた。
 それと同時だった。
 蠢く触手のぼんやりとした影が、部屋の中に現れる。うねうねとそれはオレの足元に忍び寄ってくる。
『兄さん!!』
 突然響いたその音に、オレは後退ろうとしていた足を踏み留めた。
 触手に囚われたアルの姿が、俺に救いを求めて手を伸ばそうとしていた。
 それは二年前の小さかったアルではなくて、今の鎧の姿。
 鈍色の鎧の表面を、触手は耳障りな音を立てながら蠢きまわる。
 そして見慣れた錬成反応が再びアルの身体を襲った。
 青白い閃光がほとばしる。
 そのたびにアルの鎧の足が、腕が分解され、消えていく。
『助けて、兄さん!』
 反射的にオレは腕を伸ばした。
 オレの腕がアルの鎧の腕を掴みかける。
 アルを連れて行くな。アルはオレの、オレの大事な……!
 その瞬間、アルの姿が唐突に掻き消えた。
 闇も、触手も、錬成反応も、何もかもが消えてなくなった。そのかわり大きく開けられた扉と、恰幅のいい宿屋の女将がそこいた。女将は右手を突き出して、必死の形相になっているのだろうオレの姿を見て、目を丸めていた。
「坊や、どうしたんだい。そんな……」
「あ、アルを見なかったか!」
 オレは女将に掴みかかった。慌てて女将は手に持っていたトレーを上に掲げた。
 ガシャンと硬いもののぶつかる音がしたような気がしたが、今のオレには耳に入らなかった。
「昨日、オレと一緒にいた、鎧のやつなんだ! どっかいくはずないのに、でもいなくて」
 そうだ。アルがオレをおいてどこかに行くはずがない。
 あれは幻だ。現実なんかじゃない。
 だから絶対どこかにいるはずなんだ。
 でも、ここにはいない。
 だったらどこに?
 どこに行ったんだよ、アル……。
「どこにやったんだよ!」
 女将の身体をゆする腕に力が篭る。
 ガチャガチャと相変わらず音を立てるものが、余計オレにアルの姿を呼び起こさせた。
「あ、あたしは見てないけどね」
 その台詞に、オレは顔を上げた。そこには、オレを見下ろす女将の引きつった顔があった。
 オレは女将を突き飛ばす勢いで部屋を飛び出した。
「ちょっとあんた!」
 女将の怒鳴り声が背中にぶつけられたが、俺は無視して転がるように階段を駆け下りた。
 オレの頭の中はたった一つのことでいっぱいだった。
 アルの姿を確かめなければ気がすまなかった。
 アルの身体をこの手で、この腕で抱きしめない限り安心なんてできなかった。
 宿屋中の部屋という部屋を片っ端から覗きまくって、それでも見つからなくて宿屋を飛び出した。
 下の食堂を抜けたら他の客達が呆気に取られていたが、それもどうでもよかった。
 アル。
 ただそれだけを求めて、オレはしんしんと雪が降り積もる外へと駆け出す。雪を蹴立てて、オレは走った。
 近くの公園に散歩にでも出かけたのか。
 それとも市場に顔を出しに行ったのか。
 思いつく限りの場所へ、足を向けた。
 もし、これでどこにもアルがいなかったら?
 そんな不安に駆られながら。
「アル! アル!!」
 必死になって呼びかける。
 普通なら絶対にアルが足を向けないようなところまで。
 だけど声はむなしく雪の中に消えていく。
 通行人の奇異の目だけが、オレを通り過ぎていく。
 なんで?
 どうしてこんなに探しているのにアルは見つからないんだ。
 いつもだったらあの大きな鎧だ。すぐに見つけられるのに。
 いや、そうでなくてもオレだったらアルを見つけられる。
 アルが鎧だろうが、三年前までの小さな子供姿だろうが、オレがアルを見つけられないはずがない。
 それは兄弟だから?
 それともオレがアルの魂を錬成したから?
 そんなんじゃない。そんなつながりじゃなくて、もっと……。