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カラの安らぎ、目覚めの行方

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カラの熱


 
 
 倒れかける兄さんの身体をボクは慌てて受け止めた。
「兄さん!?」
 揺さぶってみるけど、兄さんはぐったりしてうわごとのような返事しか返してくれない。苦しげに肩と薄い胸を上下させ、いつも以上に真っ白な吐息を繰り返し吐き出している。その上、身体はがたがたと震え、頬はりんごみたいに真っ赤だ。
 まさか熱が?
 一瞬ボクは兄さんの額に手を当てようとして、すぐに止めた。鋼と革でできたぼくの手じゃ、兄さんに熱があるのかを計ることはできない。
 ボクは行き場の失った手を握り締め、かわりに兄さんの体を抱き上げようとした。この状態を見る限りでも、相当の熱が出ているのだろうということは分かる。ずっとこんなところにおいておくわけにはいかない。
 でも、いざ抱き上げようとしてはたと気が付いた。ずっと外にいた鎧は、もしかしてすごく冷たいんじゃないだろうか。このまま兄さんを抱き上げたら、逆に身体を冷やしてよくないのではないだろうか。
「どうしたんだね」
 躊躇している間に突然背後から声をかけられ、その声にボクは驚いて振り返った。普段はなるべく気をつけているのに、そのときばかりはがちゃんと派手な音が鳴った。
 なぜなら、それは今ここにいるはずのない人の声だったから。
「マスタング大佐」
 振り返れば、そこに軍服ではない私服姿のロイ・マスタング大佐が立っていた。大佐は兄さんを見てこの場では薄着過ぎる格好に顔をしかめる。
 何で大佐がここにいるのかとボクは問いたかったが、再度大佐が何があったのだと問いかけてきた。
「あの、ボクにも何がなんだか……。でも兄さんが……」
 熱があるらしいのだと伝えると、大佐は手早く手袋を外して兄さんの額に手を当てた。それと同時に舌打ちする。
「ひどい熱だな」
 呟くと、大佐は自分が着ていたコートを兄さんに着せかけ、ボクから兄さんを取り上げた。
 一瞬の早業で、ボクは急になくなった重さに呆然とする。それはかつて自分の肉体を失った時の、一瞬だけ感じた感覚と似ていた
「とにかく君たちの宿屋へ連れて行くぞ」
 大佐が駆け出す。
 ないはずの心臓がずきずきと痛むような気がした。
「何をしている!」
 立ち止まっていたボクに、大佐の一喝が飛んだ。
 気が付くと、兄さんを連れた大佐とボクとの間は、すでに人だかりで埋まっていた。ボクは慌てて立ち上がり、人垣を掻き分けて大佐を追いかけた。
 でも身体は逆に軽すぎて、まるで重力のかからない水の中か、足場のない空中で、前へ進もうと必死になってもがいているような気分だった。
 
 
 宿屋に駆け込み、下の食堂で遅い朝食を取っていた何人かの客が目を丸めている脇を通り抜けて、ボクらは上の自分達の部屋へと飛び込んだ。
 だが、大佐は兄さんをベッドに横にさせると、それからまたすぐに部屋を出て行こうとした。
「君は鋼のについていてやるといい」
「え、待ってください、大佐!」
 ボクは慌ててひき止めかけた。
 ついていてやれと言われても、ボク独りでどうすればいいのか。そう訴えかけようとしたものの、大佐の姿は目前で閉ざされた扉によって遮られてしまった。すぐ後から階段を駆け下りていく大佐の足音だけが、部屋の中に届いた。
 仕方なくボクは部屋の中を見回してみた。でも部屋の中にあるのは、苦しそうな兄さんの息遣いだけ。
 文字通り右往左往して、ボクは何かないかと部屋の中を引っ掻き回した。そのとき、ふといつも持ち歩いている旅行カバンが目に止まった。そして、すっかり忘れていた記憶が唐突に蘇った。
 ボクはカバンに飛びつき、中を逆さまにひっくり返して記憶の中にある小瓶を探した。果たしてそれは、カバンの一番奥底に眠っていた。
 兄さんはしょっちゅう身体を冷やすようなまねをしているから、以前念のためにと買っておいた風邪薬だ。けれど、幸いなことにこれまで一度も風邪をひかなかったので、使う機会もなく放置されていたのだ。
 ボクは小瓶から白い錠剤を一粒かき出して、ベッドの脇に置いてあったコップを鷲掴みにした。もはやいつ買ったのかも覚えていないが、それでもないよりはマシだろう。
 コップの中に水を注ぐ。が、慌てるせいかコップの外に大量に溢れた。それでもどうにかコップを水で満たし、ぐったりした兄さんの身体を支え起こして、薄く開いた口元に錠剤を持っていく。
「兄さん、薬だよ。飲んで」
 軽く湿り気を与えようと、コップを傾ける。でも、もう既に意識がほとんどないのだろうか。兄さんは薬どころか水さえ飲み込もうとしてくれない。逆に注ぎ込んだ水が口の端を伝い落ちていってしまう。
「兄さんっ」
 揺さぶってみるものの、反応もほとんどない。
 一体どうすればいいんだろう。薬を飲んでもらわないことには熱も下がらないし、良くならない。
 でも、どうやったらこんな状態の兄さんに薬を飲ませることができるんだろう。
 何かないか、そう思ってボクは何もない部屋の中をまた見渡す。
 でも焦る心ばかりが先に立って、見えるものもまともに眼に入らなかった。
 そんな時、再び部屋の外から忙しない足音が響いてきた。程なくして、乱暴に扉が叩き開けられる。現れた大佐は、その両腕に毛布や氷枕や体温計を抱えていた。
 大佐が、ボクに何かを放り投げてよこした。慌てて手を出すと、受け止めた箱に入っていたのは薬だった。
「下で、ここの女将がくれたんだ。医者も呼んではもらったが、隣町から来るから時間が掛かるらしい。念のために飲ませておいたほうがいいだろう」
 そう言うと、自分はせっせと毛布を広げ、氷枕をセッティングする。
「あの、大佐」
「何だね」
「ボクも兄さんに薬を飲ませようと思ったんです。でも、兄さん飲んでくれないんです」
 つい力が篭りすぎて、紙製の箱がひしゃげる。
 大佐が怒ったような剣幕でボクを見た。
「なんだか、意識がないようなかんじで、水を飲ませようにも……」
「まずいな……」
 一瞬考え込むように独りごちて、大佐はボクの方に近寄ってきた。
「貸してくれ」
 そう手を差し出されて、ボクはおずおずと薬とコップを渡した。
 大佐は一体どうする気なんだろう。
 あの状態の兄さんに、大佐だったら薬を飲ませることができるんだろうか?
 ボクは、気が付くと大佐の行動をじっと凝視していた。
 大佐は薬の封を切ると、なぜか薬を自分の口の中に放り込んだ。それから、コップの水を口に含みこむ。そして、自分の口から兄さんの口にそれを流し込んだんだ。つまり口移しで。
 兄さんのまだあんまり目立たない喉仏が小さく上下して、それが嚥下されたことを示した。
 ボクは、その光景にまた呆然としていた。
 大佐がこんな行動に出たことを意外に思ったこともある。でもそれは人工呼吸と同じものだと思えば納得できなくはなかった。
 それよりもむしろ、また自分にできないことを大佐にされてしまって、兄さんをまた奪われてしまったような気がして。そして、大佐と同じことができない自分が、ひどくみじめな気がして。