【腐向け】夢
心配そうな顔を横目に、藤代は他人へ向けられた渋沢の優しさを思っていた。
ああ、この人は初めて会った人間にさえ、こんなにも優しい。俺はこの人のこういうところが、――こういうところが、なんだ?
一度強く目を瞑ってその思考を振り払い、頭の後ろで腕を組む。
「……良いんすか、キャプテン。あんな可愛くて性格良さそうな子、振っちゃって」
もったいねぇ、などと心にも無いことを言うと、渋沢はまた困ったように笑った。
「さっきも言っただろう、今はサッカーに集中していたいんだ。恋愛をしている暇はないよ。それに、好きでもないのに付き合うなんて、あの子にも悪いだろう」
ボールが恋人っすか。そう揶揄すると、そうだな、と笑った。
「……と、それよりもだ。藤代」
急に真剣な声で名前を呼ばれ、思わず背筋が伸び、腕を下ろした。
「ずっと聞こうと思ってタイミングを逃していたんだけどな。……ここ最近、一体どうしたんだ。以前ならあんなに集中力が無いなんて有り得なかっただろう」
何かあったのか、と心配した声色で尋ねられた。身体の横で、藤代の拳が微かに震えた。――訊かれたくないことを、訊かれてしまった。
「別に、何もないっすよ」
動揺を悟られぬように笑顔を作って彼の方を向くと、心配そうな顔が目に入った。顔を逸らしてしまいそうになるが、必死で堪える。
「それなら良いんだけどな。あまり一人で考えてないで、俺にも相談してくれよ」
心配するだろう、そう言って頭を優しく叩かれた。
息が詰まる。こんなに、こんなに、こんなに。優しくされてしまったら。
藤代は自覚した。してしまった。はっきりと。
優しくされる度に息が詰まっていたのは嬉しさからだけではない。彼と初めて顔を合わせた新入部員紹介の日、胸が高鳴っていたのはこれからの部活に対する期待からだけではない。男に愛の告白をしてもおかしくない性別を持つ、先程の少女に対して嫉みを抱いていたのも。それは、紛れもなく。
好きだ。
好きだ、好きだ、好きだ。あなたが好きだ。
優しいあなたが、強いあなたが、大きな手と身体、そしてそれ以上に大きな心を持つあなたが、どうしようもなく好きだ。
感情が高ぶり泣きそうになるのを堪え、息を吸い込む。
言いたい、口にしたい。この胸から溢れる言葉を。
「……渋沢さん。俺、渋沢さんのことめっちゃ好きです」
冗談のように、そう聞こえるように、明るく。笑顔で。
彼は驚いたように瞬いた後、直ぐに優しいキャプテンの顔になる。
「はは、ありがとう。俺も無邪気で明るい藤代が好きだよ」
今度は子どもをあやす様に撫でられた。
伝わらなくても良い。いや、伝えてはいけない。伝えてこのひとを困らせてはいけない。傷つけてはいけない。
けれど少しの望みを、せめて。
万が一にもこの感情が暴走しない様に、傍にいさせて欲しい。
誰よりも、あなたが好きです。
帰り道、傍らを通り過ぎる風を感じながら、祈りの様にその言葉を口の中で唱えた。