そうだ、ユニスタ行こう
ほんの小一時間前の話だ。
呼ばれた時から既に何か嫌な予感はしてた、けど。
「国家錬金術師見習い?」
・・・・・・なんだそりゃ。
内心のツッコミも台詞に現れた不審も綺麗にスルーした上司は、椅子に深くもたれ掛かったまま興味なさげな声で律儀に答えてくれる。
「そこそこ錬金術を使える者を集めて、ゆくゆくは資格を取るまでに育てようとするのが上の目論見らしいが」
その声にも平坦で色がない。ああ、大佐的にはどうでもいいんだな、とハボックは勝手に推察しておいた。
まあ在野の錬金術師で、自分から軍に来るような奇特なのは少ないし。かといっていちいち何処かで噂が立つたびスカウトに出向くわけにもいかないし。
「ようは効率化だな」
いや、ていうか。そう言われると何かノリが軽い気がする。国家錬金術師資格。
・・・つか、そもそも、
「・・・そーゆーので通れるモンなんですか、アレ」
筆記・実技・精神鑑定他諸々盛りだくさんでシャレになんないって聞きましたけど。
それに関しては、学生時代にさくっとストレートで通って資格を取ったご本人様は軽く小首を傾げる。
「最終的に『軍が使える』と判断するかどうかだからな」
・・・うわぁヤな事聞いた。
顔に出したつもりはないが、眉くらいは曲がっただろう。だが答えた当の本人は、それに気付いただろうにいつも通りの涼しい顔だ。
「先日事前の選考は行われている。その中から最後まで残った者が、取りあえず私に預けられるらしい」
「え」
らしいって何。
「軍の中を見せられる所だけ適当に案内して、心得なんぞをレクチャーしてやれとのお達しだ」
「…何か体験入学のノリみたいッスね」
ますます軽いぞ、それ。どういうことだ。
そんなもんにオレたちの給料の何倍もの金が注ぎ込まれんのか。納得いかねぇ。
「・・・ハボック」
「はぁ」
「判りやすい」
「…根が正直なんで」
この上なく軽く飛んできた直球を遠慮なく打ち返す。
そりゃあんたからすれば誰だって判りやすいだろう。
それを素で避けて、上官は優雅な手つきで傍らに置いてあった書類を一枚手に取った。
ぺらり、と目前に置かれたそれに視線を落とす。
げ。
「・・・なんスか、これ」
「指令書」
そりゃ見ればわかります。じゃなくて、
「何でオレが代理やらなきゃいけないんですか!」
「もう一つ、焔の錬金術師として大総統府直下の指令があってな。私はそっちに忙しい」
いけしゃーしゃーと語られるそれも、ひらひらと目前で振られる手の動きもセリフも、ついでに表情も皆このうえなく軽い。
――――が、ちょっと待て。
「このクソ忙しい中、なんでそんなモン受けてるんですか」
「好きで受けてるワケじゃない。・・・単純に人手が足らんのだろう。中央のめぼしい使えそうな国家錬金術師は『ヤツ』が狩っていったからな」
上官の表情は変わらない。
が、さらりと語られた内容は軽く流せる物でもなかった。
「・・・傷の男、ですか」
「そういうことだ。これで他のいらぬ開発なんかのお鉢が回ってくるかもしれん。…そのうちどこぞの研究所に拉致されて詰め込まれそうだ」
こうゆうのはいまいち性に合わんのだが。
・・・そーだろーなー、まだるっこしい事やるより直で自分が動く方が早い、とか言いそう。
「・・・ちなみに何作ってるんです?」
「現場でとっさに錬成陣を描いている暇はないからな。私の発火布のように、携帯出来る物で何か使えそうなものを作れとの大雑把な指示だ」
うわぁ直球・・・。
「ちなみにお前ならどんな物が使えると思う?」
「現場の質に寄りますが・・・。ていうかオレ、行った事ないんですけど」
上層部の想定はまず間違いなく戦場だろう。でなければわざわざこの人に言ってくるはずがない。
それなのに、上官はニヤリと口の端を皮肉気にあげて見せた。
「何を考えているかは知らんが。別に戦場で、とは言われていないからな」
・・・・・・。
苦労してそうだな、上も。
あげ足取りの天災…もとい天才がこんな野放しで。
「はぁ…では通常範囲の現場レベルって話で良いなら…」
うーん、と。
「かるーく発破掛けれるようなのが良いですかねぇ」
「ほう」
「突入時、先制の脅し掛けてイニシアティブとった方が、後がやりやすいもんで」
障害物とかあると邪魔ですし。
「その辺得意なくせに現場に出てきてもあんま動いてくれない人いますし」
「当たり前だ。そう指揮官がほいほい動けるか」
というか、手加減自体が苦手なんだ。
まとめて消し炭にするワケにはいかんし。・・・って、小さくぼやいてるし。
ウソだ。手加減も何も単に面倒なだけだろ、絶対。
いらない所ほど緩む己の口を十分に判っているハボックは、取りあえず聞かなかった振りをしておいた。
「ところで何で聞いてくるんです? いつも適当にやっちゃうでしょ、こーゆーの」
しかも無駄にそつなく。
「…使いようによっては結構物騒な物しか思いつけなくてな」
「・・・・・・。そ、ですか」
これ以上進むと色々危険そうなのでその開発とやらにはそれ以上突っ込まず、ハボックは取りあえず話の方向性を変えた。
「しかしそんなのしてる暇あるんだったら、もーちょいこっちの書類早くあげて下さいよ」
「一々煩いぞ、お前。ところで受けるのか、受けんのか」
「え、選択の余地あるんで?」
珍しい。
だが視線を合わせた上司は何か不吉なほど楽しそうに、先日話すようになった戦略室の少佐の話ではな、と続けた。
「ブリックス山麓の駐屯地に空きがあるそうだ」
この上もなく全開の笑顔でお綺麗に笑って、宣った。
ないじゃん、選択肢。
「返事は? 少尉」
「・・・・・・Yes.sir」
つまり逆らえるわけないのだ、最初から。
作品名:そうだ、ユニスタ行こう 作家名:みとなんこ@紺