【リリなの】Nameless Ghost
最近ではずいぶんと薄れたと言われているが、この国の人たちが持つ一種独特の連帯感や、ともすれば他や新しいものを拒絶する一種の閉鎖感。そして、9割の者達が自分を無神論者だと口にするほどに生活にとけ込んだ宗教観。自然に対する敬意、恐れ、遙か古代2000年もの昔に建造された宗教的寺院等の建造物を現世においても残し、復元し、構成へと伝えていく。ともすれば、この土地には神や精霊というものが住まっているのではないかと感じられるような感覚。
スクライアは未来へと向かっていない。ひたすら過去というものを追い求める種族だと教えられ、この国の過去を追い求める気風と未来へと向かって貪欲に足を進める気概にユーノは素直な驚きを感じたものだった。
『はーいもしもし、ユーノ君?』
何となく感傷に浸りそうになったユーノの耳に親友の母親、高町桃子の明るい声が響いた。
「あ、こんばんは桃子さん。急にお電話してしまい申し訳ありませんでした」
『んもう、そんな他人行儀な事いわないで良いのよ? 何だったらお義母さんって呼んでくれてもいいのに』
「いや、まあ、それは追々と言うことで……」
実質的には桃子はユーノの保護者とは何の関係もなく、ユーノの現在の保護者はリンディ・ハラオウンということとなり、その法的な後見人は遙かイギリスのギル・グレアムということとなっている。
つまり、もしもフェイトとアリシアがハラオウン家の養子として引き取られるとすれば、実質的に彼女たちとユーノは兄妹に近い間柄と言うこととなるのだ。
しかし、桃子が言っていることはそんなことではないということはユーノも何となく知っていた。
ユーノとしては馴染みの浅いことになるのだが、どうやらこの国の習慣として結婚をすればどちらかの姓を名乗るようになるらしい。本来なら生まれて死ぬまでスクライアでしか有り得なかったユーノとしては、それを最初に聞いたとき本当に奇妙な感覚を覚えたものだが、名字が変わるという感覚は一体どのようなものなのか分からない。
『美由希から話は聞いたわ。アリシアちゃんね。桃子さんとしては大丈夫なんだけど、ハラオウンさんはどうしてるの?』
桃子の疑問は当然のことだろう。アリシアにご飯を食べさせてやって欲しいと言うことは、アリシアはハラオウン、つまりはリンディからまともに食事を与えられていないという事にもなるわけだ。
まさかあのリンディがそんな子供を虐待するかのようなことをするはずがないと桃子は信じたかったが、聞かずにはおられないということなのだろう。
ユーノは少し説明が難しいなと感じながら、管理局と魔法、アリシアの事情などには触れない範囲で正直に言うこととした。
ユーノ曰く、リンディは遠くに働きに出ていて、その息子のクロノも既に社会に出てリンディのサポートをしている。フェイトは学校に火曜と言うことでこちらに居ることが多いが、アリシアはまだその年ではなく身体にも何かと障害を抱えているから今はリンディと同じ職場に居ることが多い。そして、今夜は色々と手違いがあってアリシアが夕食をとれない状態になってしまったのだ。
桃子からはどういう状況だとそうなるのと聞かれてしまったが、ユーノは詳しいことは聞いていないと答えざるをえなかった。ここで下手に答えてアリシアのカバーストーリーと矛盾を生じるのは拙いのだ。
『んーー、分かったわ。後のことはアリシアちゃんから聞くとして……士郎さんに迎えに行って貰うから少し待っててね。ハラオウンさんのマンションの前でいいのかしら?』
「分かりました、アリシアにもそう伝えます」
『ユーノ君も一緒に来ないかしら?』
「僕は夕飯はちゃんと食べましたし、もうそろそろ寝ようと思っていたので」
『そーよねー。それじゃあ、お休みユーノ君』
「はい、おやすみなさい」
ユーノと桃子は電話越しにお休みの挨拶を交わし、ユーノから先に通話を切った。
ユーノは「ふう」と一息つき、少し緊張で握りしめてしまった汗をペーパータオルで拭うと、すぐさまひもじく待ちぼうけを食らって居るであろうアリシアに対して念話の回線を開いた。
本来なら、管理外世界での魔法行使は条約で禁止されているのだが、念話や簡単な治療魔法など、比較的生活に密着した小規模な程度の魔法行使は事実上黙認されているという状態だ。
禁止はされているが、目くじらを立てる程度のことではない。もしもそれらが現地の環境、たとえば電波障害を引き起こしたり、治療魔法が現地人の遺伝子やその他諸々に悪影響を与えるなどの事が起こらない限りその程度の魔法をわざわざ摘発するほど管理局も暇ではないのだ。
『アリシア、アリシア。聞こえる? ユーノです』
『ああ、ユーノ。待ちくたびれたよ。もう少しで餓死するかも』
『ごめんごめん。ちょっとだけ手間取って。桃子さん……なのはのご両親に事情を説明してご飯をもらえるようにしたから、マンションの前に出ておいてもらえるかな?』
『なのはの両親に? それは、迷惑をかけることになるな……先方はどうって?』
『アリシアがリンディさん達からご飯を貰えなかったのに少し疑問があるみたいだけど、おおむね良好だった。事情は聞いていないって言っちゃったから、言い訳はアリシアの方で用意しておいて』
『騙すみたいでなんだか心苦しいけどね。了承したよ、ありがとうユーノ、命の恩人』
『命なんて大げさだねアリシアは。それにしても心苦しいだなんてアリシアらしくないようにも思えるけど?』
『こう見えても意外と律儀な男……じゃなくて、意外と律儀な女なんだよ私は』
『律儀なのは認めるよ、容赦ないないもんねアリシアは』
『恩義には恩義。不義には不義で返せってやつさ』
『立派なものだね』
『君の皮肉は心に響くよ。それにしても、こんな時にも高町を頼るなんて、少し妬いてしまうな』
『どういうこと?』
『ただの感傷だよユーノ。喜ばしい中にちょっとした後悔といくらかの寂しさ。後は、戸惑いといったところかな』
『よく分からない』
『むしろ忘れてほしいことさ。君が果たしたいことを私も応援したいのは今になっても変わらないからね』
『アリシアは、僕がしたいこと分かるの?』
『さあ? 予測は出来るけど正確には知らないね。まあ、もっとも君が今日不機嫌だったことがその理由によるものではないかと邪推する程度のことさ』
『………アリシアには分かったんだ………』
『何年一緒にいるとでも? ”俺”としてはおまえがそういう感情を表に出すようになってくれてうれしいと思うがね』
『都合良く自分の立場を変えないでほしい』
『ごめんごめん。ともかく、私はユーノがそうやって不機嫌になるのを悪いことだとは思わないからね。子供は子供らしく時々は感情に身を任せてしまうのもいいんじゃないかな』
『子供のアリシアから言われるととても心に響くね』
『ユーノの皮肉は何となく聞いてて気持ちがいいな。まあ、私が子供だというのは事実だから否定しないよ。それに、いろいろと便利な部分もあるからね。……っと、高町さんが来たみたいだ。じゃあ、また今度』
『分かった、それじゃあ』
作品名:【リリなの】Nameless Ghost 作家名:柳沢紀雪