【リリなの】Nameless Ghost
アリシアは、なのはの訓練を行う際、前述した直接的な厳しさを表に出すことはない。
どちらかといえば、アリシアは常に笑顔を浮かべて慈しみ深く、そしてまったく遠慮をすることなく相対者の欠点を突き詰め、それを克服するための方法論をその本人に考えさせ、そこから出された答えを容赦なく問い詰める。それも、端から見れば優しい口調と笑顔を浮かべてだ。
それを聞かされてもやはり、フェイトとしては厳しくともアリシアにかまって貰えるなのはを羨ましく思えてしか仕方がないのだった。
それにしても、となのははふと思った。
(何でアリシアちゃんは、こんなに私にかまってくれるんだろう?)
フェイトが羨ましいと言って少しばかり嫉妬の混じった視線を送ってくる。アリシアがそれに気がついていないはずがない。
アリシアは、どちらかといえば身内の事情を優先する。
その優先対象の順位の詳しい所は分からないが、それでも、自分はフェイトやユーノに比べれば低く設定されているという事は確認する必要もなく察することが出来る。
何せ、自分は最近になってやっと名前で呼び合える仲になったばかりなのだから。
ならば、そんな優先順位の低い自分のために何故彼女はわざわざ自分の時間を削ってまでかまってくれるのだろうか。
なのはは、少しばかりふてくされるフェイトに「今度アリシアちゃんに会ったらお願いしてみるから」と言って宥めながらそんなことを考えていた。
「やっぱり人気者だねぇ、アリシアちゃんは!」
エイミィはそんな二人の様子を見ながら肩をすくめた。
「うーん。人気者って言えるのかなぁ」
《I hope that master and Balldish's master will not be mixed up with Little Aricia》(私としては、マスターとバルディッシュのマスターにはあまり関わって貰いたくないと思うのですがね)
『毒薬口に甘しです』
と、なのはの世界のことわざをもじるレイジングハートに、それまで電算室に籠もって何かをしていたユーノが同意するように首を縦に振った。
「なのはは、あんまりアリシアに深入りしない方がいいと思うな」
それまでずっとデスクワークに明け暮れていたのだろうか、ユーノはそう言いながら肩や首を揉みほぐしながらソファに腰掛ける。
なのはは少し疲れて見える彼に、何か飲物を持ってこようと席を立ち上がるが、それはユーノの「気にしないで」という言葉によって遮られた。
「お疲れ様、ユーノ君。メンテの方はうまくいきそう?」
トートバックから人の頭サイズの南瓜を取り出しながら、ようやく姿を見せたユーノにエイミィは声をかける。
「何とか、ですね。地球のコンピュータとミッドチルダの端末は似ていますけど全然違いますから。結構マッチングの問題でセキュリティに脆弱性がありましたから」
その際に、この世界とミッドチルダの両方に部品を発注しいと言って彼はエイミィにその見積書を提出した。
「なるほど、インテリジェント・デバイスをサーバー間の処理に使うのか……面白い案だね。マリーと話をしてみるよ」
エイミィはユーノが提示した【スカイネット】構想に対して興味を持った様子で了承のサインを記し、それをそのままアースラの主計主任へとメールを送信した。
「ユーノは端末をさわってたんだ」
慣れない頭を使ったために急性知恵熱を発症し、「うにゃぁ〜〜」と情けない声を上げながら机に突っ伏すなのはを半ば放置気味にフェイトはそう言ってユーノに少し砂糖を多めに入れた珈琲を手渡した。
「うん、こっちの端末(パソコン)の知識を持ってるのが僕かなのはぐらいだからね。なのはは……こんなだし」
ユーノは笑いながらなのはの小さな頭を撫で、そのとなりに座りつつ彼女がそれまで訳していた本を手に取った。
「あ、これ。アリシアの本だね。『魔法技術基本原則に関する考察』か、懐かしいな。僕もベルディナに勧められて読んだことがあるよ」
あれは、魔法学校を卒業するあたりだったから7,8歳ぐらいだったなぁとユーノは少し遠くを見るように、些か使い古された書物をパラパラとめくり始める。
「ユーノ君もこんな難しいの読んだの?」
ようやく熱も収まって来たなのはもフェイトから甘いオレンジジュース(エイミィ秘蔵)をもらい一息ついた。
「うん。『魔導師を志すなら、この程度は読んでおけ』って言われたから」
「私も、お姉ちゃんに勧められた」
なのははフェイトもアリシアからこの本を薦められた事を知り、自分ももう少し頑張って読もうと心がけた。
もっとも、フェイトの場合はまだ全部読み切れず自室の本棚に飾られている状態なのだが、やる気を見せるなのはの手前それは言い出せなかった。
「あ、そうだ。アリシアから必要機材の要求が来てたんでした」
ユーノは先ほどエイミィに渡した見積書と同じファイルから今度は別の要件の書類を取り出した。
「アリシアちゃんから? ふーん。艦長に直接持って行けばいいのに」
アリシアはリンディ提督付きの民間協力者なのだから、わざわざユーノやエイミィを介せずとも要求を伝えることが出来るはずだ。
しかし、事件によって連日多忙なリンディやクロノに対して遠慮したのか、逆に彼等に直接言っても要求が受理されるのに時間がかかると判断したのか。
エイミィには判断が付かないことだったが、ひとまずアリシアからの要件の書類に目を通すこととした。
「えっと、検索用の簡易デバイスと速読用の簡易デバイス一式を5セット追加発注。低装カートリッジ7マガジン分……いっぱい使ってるなぁ。それと、煙草2カートンにワイン1ケースって。ダメでしょこれは」
(代わりにラベンダーの禁煙パイポと無糖の葡萄ジュースだね)
まるで課題の添削のようにマルとペケを付けながらエイミィは呟きつつその案件をマリーへの要求書に転載し送信をチェックする。
それにしても、アリシアのジョーク(本人にしてみれば至って真面目なのだろうが)にそれほど驚かなくなったとエイミィは気がついた。
元々本人も冗談好きだったこともあり、馴染んでしまったかと思うが、何となくアリシアのあれに慣れてしまうのは自分でもどうかと思ってしまう。
「そう言えば、エイミィさん。今日はクロノ君とリンディさんは居ないんですね」
なのははそう言って部屋を見回した。先ほどまで買い物に行っていたエイミィとフェイト。同じ屋根の下に居ながら話が出来なかったユーノと、それ以外の人物がリビングに出現しそうな様子は無い。
通常であれば、本件の責任者と副責任者であるリンディとクロノのどちらかが即応体制を整えておくために仮設駐屯所に詰めて居るはずなのだが、今はその両者とも姿が見えない。
「それがねぇ。クロノ君と艦長は二人とも本局なんだよ」
エイミィは少し困った素振りで肩をすませると、少し戯けた仕草でやれやれと口元に笑みを浮かべた。。
「何か特別な用事でもあったんですか?」
ユーノの問いにエイミィは「鋭いねぇ」と答えた。
作品名:【リリなの】Nameless Ghost 作家名:柳沢紀雪