【リリなの】Nameless Ghost
従章 第十八話 Naked Emotion(2)
モニターに映ったもの。それを確認して、四つの感情はまったく異なる結果をはじき出した。
『こちら近傍観測指定世界警備隊スケアクロウ。現在当エリアにて違法次元転移者を確認』
現地守備隊より送られた音声メールを聞いたとき、エイミィは早鐘を奏でる心音を押さえられず、しかし、それを持ち前のポーカーフェイスで隠しながら指揮官代理の任務を全うする事を心がけた。
「こちら第97管理外世界、仮設駐屯所ブランチ・アースラ。それは当方の案件において重要と確認される目標と断定した」
警備隊員、おそらくその隊長なのだろう、彼の姿が映し出されるとなりに先方が違法次元転移者という対象の姿が映し出された。
巨大な芋虫のような、足のないムカデのような、節を持つミミズのような生物。そして、それに相対する紫色の魔力光をたなびかせる麗しい女剣士。
間違いないとエイミィは判断を下した。
『了解、ブランチ・アースラ。当方はこのまま監視を継続する。直ちに対応されたし。チーム・スケアクロウ、以上』
辺境に位置する第97管理外世界近傍の観測指定世界はかつて巨大な技術を持っていた世界でもなければ、重要な鉱物資源が発見される世界でもない。
国土には砂漠が一面に広がるだけであり、現住生物も種類は少ない。
その中で彼等が監視、管理をしているものが先ほどモニターに出されたサンドワームだ。
次元世界において殆ど死滅してしまったとされる彼等がここでは彼等の楽園を築いている。それを監視し、管理することが先ほどの警備隊の役割なのだ。
故に、次元犯罪者に対する対策部隊を持たず、その保有戦力も戦力と言えないほどに低く設定されている。
「協力を感謝します。ブランチ・アースラ、直ちに作戦行動へ行こう。こちらの魔導師を転送します。以上」
故に、こういった場合では彼等は周辺付近に展開する管理局の戦闘部隊に応援を要請することが通例となっている。
故に、こうしてクロノ達アースラチームはそう言う世界と連携して目標を探索し続けてきた。
そして、その網にようやく彼等が捕らえられたのだ。
モニターの向こうに移る剣士。フェイトはその姿をしっかりと目に焼き付け、腕に抱く子犬のアルフと頷きあった。
「エイミィ、私が出るよ。シグナムとは、決着を付けないといけないから」
エイミィはフェイトからの提案を受け、アースラが現在レンタルしている武装隊の展開状況からそれしか他に手段はないと判断した。
「アタシも行くよエイミィ。どうやら、アタシの方にもちょっと因縁がありそうだ」
あの近くには自分の同類がいる。アルフは動物的な直感で自分も決着を預けている蒼の狼の存在を嗅ぎつけた。
「……分かったよ二人とも。フェイとちゃんとアルフの即応体制を解除。戦闘態勢への移行を許可します」
エイミィの許可が下りた。アルフは「よっし」と吼え、フェイトの胸元から床へと降り立ち、子犬の姿から成熟した大人の姿へと自身を取り戻した。
「じゃあ、私たちも……」
デバイスを起動させ、バリアジャケットを顕現させるフェイトになのはもレイジングハートを握りながら続こうとした。
「なのはちゃんとユーノ君は引き続き即応体制を維持。行って、フェイとちゃん、アルフ」
しかし、その出鼻を挫くようにエイミィはなのはの出撃を許可しなかった。
転送ポートへと走り去るフェイトの背中をただ見送りながらなのはは抗議の意識をエイミィへと向ける。
「エイミィさん、どうして!?」
今にもレイジングハートを起動させて詰め寄りそうななのはにエイミィは心音を落ち着ける。
「敵はあの人だけじゃないのよ。もしも、フェイとちゃんとなのはちゃんの二人とも出てしまったら、他の対応はどうなるの?」
なのはは「あっ」と声を吐き、自身の浅慮を思い知った。しかし、それでもだ。
フェイトが戦っていながら自分だけがこうして見ているだけなど我慢が出来ることではない。
もしも、フェイトが戦う相手、シグナム以外の目標がこちらの捜査網に引っ掛からなければ、引っ掛かったとしても対応する前に逃亡してしまったら。
一体、何のために自分がいるのか分からなくなる。
役立たずで守られるばっかりの自分ではいやなのだ。自分には魔法という力がある。自分にも取り柄が出来た。誇らしく語ることが出来る力を得たのだ。
心の内で焦りながら、なのははシグナムとエンゲージを果たしたフェイトをモニター越しに見守る。
フェイトはどういう訳かサンドワームの束縛からシグナムを開放してしまい、エイミィから「助けるのではなく捕獲するのが目的なんだから。しっかりして」とのおしかりを受けていた。
「なのははそんなに戦いたい?」
なのはのとなりに立つユーノは、まるで何かに取り憑かれたかのようにモニターを睨み付けるなのはに、そっと言葉を贈った。
アリシアと同じ事、同じようなことをユーノからさえも言われた。
なのはの感情がどこかで決壊した。
「何で、ユーノ君までそんなこと言うの……」
まるで呪詛のように紡ぎ出された言葉に、一瞬ユーノは圧倒される。
「なのは?」
それはユーノにとって青天の霹靂のようなものだ。ちょっとした皮肉。アリシアが緊張する自分に対して良く皮肉を言って気分を和らげてくれた経験を実行しただけに過ぎない。
しかし、今のなのはにとってその言葉は激発のトリガーワードだった。
「私は、戦いたい訳じゃないのに……ただ、みんなの役に立ちたいだけなのに……助けたいだけなのに……。何で? なんで、アリシアちゃんもユーノ君もそんな事言うの!? 私が、そんなに戦うことが好きに見えるの?」
瞳に涙を浮かべながらユーノに詰め寄る。
両手を握りしめ、今にもつかみかからんほどの勢いにユーノは一歩後ずさり、彼はただ彼女の変容に目を丸くするしか他がなかった。
「なのは、落ち着いて……お願いだから……」
弱々しく掲げられるユーノの両掌をふりほどくようになのはは首を振る。
その様子を背中に感じながらも、エイミィは何か一言伝えたい衝動に駆られるが刻一刻と変化する状況に意識を取られ、終ぞそれに仲裁の手をさしのべることが出来なかった。
この二人が最悪の状況に陥るはずがない、エイミィはどこかでそんな楽観を持っていたのかも知れない。
そして、観測隊が提供する状況モニターにさらなる目標の姿が映し出されたとき、二人のたどる道筋に確固たる行く末が示されてしまった。
『状況地至近にて新たな騎影一確認。間違いなく目標朱です!』
目標朱。その言葉を聞いてなのははその視線をユーノからそれが映し出されたモニターへと投射される。
「……ヴィータちゃんだ……」
紅いドレスに巨槌を携える幼い剛騎士。なのはは一瞬たりとも逡巡を巡らせることなくレイジングハートをつかみ、エイミィへと言葉を投げはなった。
「エイミィさん、私を出してください!」
作品名:【リリなの】Nameless Ghost 作家名:柳沢紀雪