【リリなの】Nameless Ghost
従章 第零話 ワークス
人生は舞台であり、そこに生きる人間は役者である。役者は一つの役割を担うものであり、人は一生をかけてその役柄を演じきることを余儀なくされる。
ならば、とアリシアは独りごちた。自分はいったい何の役を演じなければならないのか。
死んだはずのアリシアの役割なのだろうか、それとも死ぬはずだったベルディナの役割なのだろうか。
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車いすからようやく解放されたアリシアは特にすることもなく、ただ艦内を歩き回るばかりの生活を送っていた。
なのはを見送りユーノに新たな生活の場を与えた後、アリシアに対して正式に下された決定は実にシンプルなものだった。
"現状維持"
法的な手続き上、本件の重要参考人であり被疑者であるフェイトを裁判のため時空管理局本局へと送り届けた後、リンディはそのまましばらくアースラにとどまるようアリシアに要請した。
無論、それを拒否することは出来た。しかし、何の後ろ盾も持たないアリシアにはその誘いを蹴ってまでやりたい目標など存在せず、その提案にただ頷くことしかできなかった。
後から聞いた話ではあるが、どうやらリンディ・ハラオウンはアリシアとフェイトの仮の保護者となったらしい。今は戸籍上では全くの他人ではあるが、リンディはアリシアとフェイトには家族になってほしいようだ。
悪くないことだとアリシアは思った。自分と同じく後ろ盾を持たないフェイトには彼女を守る家族が必要であるし、おそらくリンディであればフェイトに無償の愛情を注ぐことが出来るだろう。
フェイトには打算のない愛が必要だ。彼女は母親に捨てられたと言っても過言ではない。プレシアはただフェイトの心に傷を残したまま虚数空間の海へと沈んでいった。
その傷を癒すためにもアリシアはリンディの提案を受け入れようと思っている。
しかし、懸念する事柄も無いことはない。
フェイトは近く嘱託魔導師の試験を受けるのだというらしい。それはリンディの息子、クロノ・ハラオウンから聞かされたことである。
アリシアはそれがどういうことなのかをすぐさま類推し表情を僅かにゆがめていた。
嘱託魔導師。それは管理局が外部から優秀な魔導師を雇う時に用いられる常套手段である。
そして、それは比較的拘束の少ない準局員的扱いながら現場では高い権限を持たされる役職である。
いわば、管理局が魔導師をスカウトするということと同義であり、嘱託魔導師から捜査官や武装局員、はては執務官、教導官などといったキャリアを目指すものも多い。
確かに聞こえは良いだろう。極めつけの実力社会であるミッドチルダにおいてはこの規定は大いに受け入れられている。
才能と実力のあるものは早い内からその能力を社会のために役に立てるべきだという社会理念がすでに定着しているのだから、今更それに疑問を持つものは少数であるに違いない。
しかし、それは幼い子供に管理局に忠誠を誓えと要求していることと同意であり、裁判に有利になるという餌で優秀な魔導師を釣り上げる行為であるといわれても仕方がない側面もある。
少し憂鬱だ、とアリシアはすっかりと顔見知りになったアースラクルーと挨拶を交わしながら廊下を歩く。
歩調の違いからアリシアを追い抜いていくクルーの殆どが今の時間になれば同じ方向を目指している。
アリシアはそれに若干の危機感を感じるが、アースラの食堂の広さを知ればそれも杞憂にすぎない。
数週間前まで地球近辺の次元に投錨していた頃とは違い、今のアースラの食堂では比較的まともな食事が出されるようになった。
古来より海軍の食事は陸や空の軍隊と違い程度の良い食事が出されていたらしいが、それは時空管理局においても当てはまることらしい。
ともかくアリシアはこの食堂で出される料理を気に入っている。
「アリシアさーん。こっちよ」
食堂に着き、どこに座ろうかとキョロキョロしていたアリシアを奥の席に座るリンディが手を振って呼び寄せた。
そこは士官の席なのか、下士官や一般クルーが座る席に比べると幾分かゆったりとした座席配置にされている。
アリシアは、大声で自分を呼ぶ声に肩をすくめ、ひとまず食事をとりにいく前に席を確保しようとリンディの元へ急いだ。
「お疲れ様です、艦長」
アリシアはそう一言いって礼をし、リンディの対面に用意されていた席に腰をかける。
まさか軍艦に子供用の椅子が用意されているとは思ってもみなかったとアリシアは自分の座り、普通より幾分か腰掛けが高く設定された小さな椅子を撫で付けた。
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫よ。アリシアさんはお客さんなんだからもっと気楽にしていても良いのに」
リンディは苦笑して、さっきまで隣に座っていたクロノの様子を横目で伺った。
彼は、人の波を難なくかき分け両手に持ったトレイのバランスをうまくとりながら給仕から食事を受け取っている。士官クラスであれば給仕に席まで食事を持ってこさせることも出来るのだが、リンディはそれを嫌っているらしい。
しかし、クロノが持つ二つのトレイから察するにどうやら彼は自分の分の他にアリシアの分まで食事を取りに行かされたようだ。
「いや、いつまでも客という訳には行きませんよ。クロノ執務官には手数をかけます」
「良いのよ、子供がそんなこと気にするものじゃないわ」
アリシアは一瞬、リンディの口から出された子供という言葉に何ともいえない表情を浮かべるが、この手合いにそれを言ってもふわふわと避けられてしまうだろうと思いひとまず口を閉じた。
「僕としては少しは気にしてほしいんだがね」
そういってクロノはようやく運び終えた食事をアリシアと自分の前に置き、やれやれと椅子に腰を下ろした。
「だから手数をかけるといっているだろう、執務官」
まあ、聞こえていなかったのだろうと思いアリシアは改めてクロノにわびを入れた。
「いや、まあ、そう思っているのならそれでいい」
相変わらずの照れ屋だとアリシアは思い、これが俗に言う"ツンデレ"という奴なのかとレイジングハートから吹き込まれた知識からそう類推した。
『普段はツンツンしていて素っ気ないのですが、ここぞというときはデレッとする。その普段とのギャップに心を奪われるという現象を差して地球では"ツンデレ"というのですよ、アリシア嬢。マスターなのはのご友人にそれは見事なツンデレを披露される方がおりました。貴女もいつか実践してみなさい。交友関係が広がること請け合いです』
妙なテンションで力説するレイジングハートにアリシアは少しだけ感銘を受けたものだ。
(いつか実践してみよう……)
と密かに思うアリシアだったが、いずれその被害者となるクロノはそんなことをつゆとも知らずパンをちぎって口に運んでいた。
「ねえアリシアさん。身体の調子はどうかしら? 先生からはもう完治したとお墨付きを貰っているのだけれど」
「身体は全く問題ないです。単純に体力がないせいで出来ることが少ないのですが、日常生活には問題はないです。ただ、そうなってしまうと逆に問題が出てくるのですが……」
「ん? なんだ?」
作品名:【リリなの】Nameless Ghost 作家名:柳沢紀雪