【リリなの】Nameless Ghost
口では自分とエイミィに絶対勝てないクロノを思いやりながらアリシアはそう口を挟んだ。
「強いね。クロノは。僕たち三人係でもちょっとかなわなかった。まあ、時間切れで引き分けだったけど……」
無制限で戦っていたらどうなっていたか分からない、とユーノは言外にそう示唆するように言葉を切った。
「ふーん。あのクロノと引き分けたんだ。結構やるね、三人とも」
アリシアとしては、ドは付かないにせよ素人であるはずの三人がいわゆるプロであるクロノと引き分けまで持って行けたと言うことの方が純粋な驚きと感じられた。
クロノが執務官試験を合格したのが正確には覚えていないが、おそらくなのは達と同じぐらいの年頃だろう。
その頃から常時鍛錬と実践を繰り返してきた彼に、まだその半分にも満たない時間しか魔法に触れていない彼らが至ることが出来たのだ。
(凄まじい成長速度だな。まさに、戦うために生まれてきたと言うべきか)
アリシアはPT事件の事件資料を作成する際に目にした戦闘記録を思い出し、少し身震いを感じた。
確かに、稚拙で荒削り。膨大な魔力にものを言わせるしかできないような効率の悪い戦術。決闘まがいの単独戦闘しか行えないような経験不足。それでも、まだ二桁の年齢にも至っていない少女達が互いに互いを削り合い、我を貫き通すための決闘を演じたのだ。
「ん? なぁに? アリシアちゃん」
アリシアはなのはに少しだけ鋭い視線を向けた。
その視線を感じたのか、和気藹々と先ほどの訓練に関して意見を交わしていたのをやめ、なのははアリシアに向き直った。
「なんでもないよ。それにしても、なのははよっぽど戦うことが好きなんだね。私にもそれだけの力があったらいいのになぁ」
にこやかに、それでいて鋭く。そのあたりのさじ加減に細心の注意を払いながらアリシアはスルッとその言葉を口よりはじき出した。
「えっ?」
突然投げかけられた言葉になのはは驚愕と困惑の声を漏らした。
「なのはやフェイト、ユーノみたいな力が私にもあったら、私も戦えるのに。残念だよ」
アリシアのそれは本音だ。そして、あまりにも自然に紡ぎ出されたその言葉にフェイトとユーノは少し苦笑を浮かべる。
「アリシアは無限書庫で調べ物をしてくれてるじゃないか。むしろ、その方が有り難いってクロノも言っていたよ」
「そうだよ、お姉ちゃん。私がお姉ちゃんの代わりに戦うから、安心してね?」
「頼りがいのある妹達だね」
アリシアは肩をすくめながら、それでも自分は戦いたいという雰囲気を僅かに示しながら紅茶を傾けた。
「あ、あの。アリシアちゃん。私は……そうじゃなくって……」
まるで心臓に突き刺さった小さなナイフを引き抜くようになのはは言葉を紡ごうとするが、アリシアはプレシードに届いた通信の音にそれを遮り、プレシードに対して通信を開けと命じた。
なのはの狼狽を横目で見ながら、アリシアは特になんの感情も浮かべずに通信モニターに目を直した。
《From Chief.Atenza》(アテンザ主任からです)
プレシードはそう伝え、回線をオープンに設定した。
『あ、休憩中? もう少し後の方が良かった?』
モニターに現れたマリエルはアリシアの前に置かれたマグカップとその隣に座るフェイトの姿に気がつき、そう聞いた。
「いいえ、ちょうど話題も捌けたところですから」
アリシアはなのはの存在をあえて無視してマリエルに笑みを送った。笑顔は相手の心の壁を薄くする。そして、正論以上に相手を黙らせる武器ともなるのだ。
アリシアはよく微笑む。その笑顔の中にはそう言った思惑があることを知るの人間はそれほど多くはない。
『そう? ありがとう。ちょっとお願いなんだけど、またプレシードを貸して貰えないかなって思って。バルディッシュの調整に必要になりそうなんだ。プレシードの調子も確かめたいし、出来ればレイジングハートのメンテナンスも手伝って欲しくて』
マリエルはアリシアが別件で仕事を任されていることを知っている。それでも、なのは達の命に関わることであるため、それを承知での頼みだった。
アリシアは少し考え、無限書庫の探索も重要だが、フェイト達の安全には変えられないと判断し、それを快諾した。
『そう? ありがとう』
マリエルはホッと息を吐く。
「今すぐの方が良いですか?」
気分転換にもなるからむしろ助かりますとアリシアは伝えながらマリエルに確認をする。
『うん、出来れば早めに来てくれると助かるわ』
アリシアはチラッとモニター右下に移るミッド標準時刻を確認した。
休憩終了にはちょうどいい時間だとアリシアは判断する。よく見渡せば、周辺の席に座って談笑していた局員達もそろそろ席を立ち上がろうとする頃だ。
ラウンジは先払い方式ではないため、少し時間をおくと出るのに時間がかかるなとアリシアは判断し、
「分かりました。すぐに向かいます」
と答えた。
「僕たちも一緒の方が良いですか?」
レイジングハートとバルディッシュのメンテナンスと聞けば、自分たちにも関係のあることだとユーノは考え、そう提案した。
『みんなはまだいいよ。調整が終わるまでもう少し時間が掛かるから、もうちょっとそこでゆっくりしていて』
マリエルの言葉にフェイトは頷いた。
「じゃあ、お姉ちゃん。また後で」
後がいつになるか分からないけどとアリシアは思いながら、アリシアは頷きながら席を立ち、テーブルの伝票を手に取った。
「あ、アリシア。それ、僕たちの分もあるよ?」
ユーノは慌てて伝票を分けて書いて貰おうとウェイターを呼ぼうとするが、アリシアはそれを制した。
「給料を貰っているから、ここは私が払うよ」
アリシアは手違いで呼び出されてしまったウェイターに三人分の飲み物の追加を注文し、更新された伝票を貰い席を離れようとする。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん」
正直なところ、フェイトの小遣いではここの支払いは割ときつかったのかアリシアの配慮に素直に感謝をした。
「少しは姉らしい事が出来たかな?」
と笑いながらアリシアは三人に手を振ってその場を離れた。
「あ、あの、アリシアちゃん」
それまで口を閉ざして俯いていたなのははそう言ってアリシアを引き留めようとするが、
「何? 出来れば早くしてね」
アリシアの微笑みの前に口を噤んでしまう。
「何でも、ないです……」
「そう? まあ、後で時間が出来れば聞くよ。それじゃあ、ごゆっくり。ユーノ、私がいないからってフェイトを口説いちゃダメだよ?」
「しないよ!!」
ムキになって言い返すユーノに、「HAHAHA」と上品とは言えない笑い声を上げながらアリシアはレジスターで支払いを済ませラウンジを後にした。
「まったく、アリシアは! 僕がそんな軟派な分けないじゃないか! ねえ、なのは」
プンスカと擬音を立てそうな勢いで憤るユーノに、なのはは「そ、そうだね」と弱く答えを返すことしかできなかった。
「どうしたの? なのは。気分でも悪い?」
作品名:【リリなの】Nameless Ghost 作家名:柳沢紀雪