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It's My Last Word

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 しかし、自分はかつて閻魔に何と言われた。自分勝手だと、そう言われたのだ。
 そう、誰よりも。鈴仙は生きることに対し、狂気といえるほど執着していた。自分でもよく分からないが、誰かに殺されることを何よりも嫌がっていた。だから仲間を見捨ててでも助かろうとし、自分以上の咎人を巻き込んででも使者を迎撃しようとし、裁かれることも地獄に落ちることも必死になって回避しようとした。滑稽なくらい、異常な「生欲」。
 自分勝手でなくて何だ。自分が生きることを最優先し、その他のことを歯牙にもかけない。地獄に落ちて当然だ。
 死ぬべきかと言われたらそれは鈴仙には分からない。生きることも死ぬことも、過去の罪に対する何らかの処置であるのだから。どちらを選択するかは、その個人の価値観によるものでしかない。
 だから、鈴仙が選ぶべきではないのだ。その選択肢を最も正しく選べるのは閻魔であり、閻魔ならば間違いなく死ぬべきだと言うだろう。過去の罪は誰にも清算できない。できるのは、罪を犯した者を裁くことだけ。そしてそれができるのは、閻魔ただ一人。
 閻魔の判決が本当に正しいかどうかは分からない。だが、誰かに裁いてもらう他方法はないのだ。


 だから、これ以上生きてはならない。


 過去の罪をなかったことにして生きるなど、そんな畜生のようなことをしていいはずがないのだ。どんなに理屈を並べ立てたところで、これは結局鈴仙にとってエゴでしかないのだから。









「……はぁっ」
 心は、決まった。長く考えた末、鈴仙はどうと倒れ込む。起き上がって考えるだけでだいぶん消耗してしまったようだ。
「うん、もう大丈夫……」
 生きたかった。でも、自分が自分である以上それを通してはならない。生への醜い欲求は、今ここで終わりにしよう。過去の罪も、今まで生きてきた満足感も、まとめて閻魔に裁いてもらおう。清算できぬ過去を抱いて、この世界を流転しようじゃないか。
「師匠……」
「決まった?」
 鈴仙は、隣の部屋にいる永琳に声をかけた。少しして、永琳が襖を開けて入ってくる。
「薬を、ください」
「……? そこにあるわよ」
「いえ、蓬莱の薬じゃなくて……胡蝶夢丸を」
 鈴仙の言葉に、永琳は怪訝な顔をする。蓬莱の薬を飲まないということは分かったらしいが、なぜにそちらの薬が出てくるのか思考がつながらなかったのだろう。
「最期はゆったりと……夢でも見ながら逝きたくて……」
 鈴仙は自嘲気味に笑う。死ぬのは怖くない。死の苦しみもない。けれど、最後の最後に悪あがきをしてしまう可能性もあった。こと生死に関して、自分ほど一瞬後の行動が読めない者もいないのだから。
 安らかに、そしてもう抵抗できないように、鈴仙は死にたかった。
「そう……。分かったわ、ちょっと待っててね」
 永琳はうなずくと、もう一度鈴仙の部屋を出た。胡蝶夢丸を取りに行ってくれたようだ。しばらくすると、丸薬をいくつか持って戻ってきた。一回目で死ぬとも限らないからだろう。
 鈴仙は永琳から薬を受け取った。永琳は薬が飲めるように鈴仙を抱き起こし、水差しからコップに水を入れて鈴仙に差し出した。
 コップを受け取る。たった一杯の水が、こんなにも重く感じられた。

 これから、死ぬ。
「…………」
 そくり、と背筋が震えた。やっぱり、怖いのかもしれない。けれどもう決めたことだ。
「師匠……」
「何?」
 鈴仙は、意を決して丸薬を口に入れ、水と一緒に流し込んだ。
「……ありがとうございます」
 それが、最後の言葉だろうか。意識がすぐに薄れてゆく。永琳の体温を背に感じながら、鈴仙はまどろみの中に意識を沈めていった。

 これで、もういいんだ。もう満足だから。







 ――でも、何かが足りない。







 だが鈴仙が暗い水の中に潜る寸前に感じたことは、謎の不足感だった。









「私は……死んだのね」
 ここはいつか見た三途の川のほとり。胡蝶夢丸で眠りについた後、自分は息を引き取ったのだろう。そして、魂が必ず訪れる場所にやってきたのだ。
「ほら、ぼさっとしてないでとっとと乗んな。今日はあんたで終いだよ」
 三途の川の渡し守が手招きしている。その様はまさしく死神のそれそのもの。魂を導くという点において、その何気ない仕草は死神に一番しっくりくるだろう。鈴仙は軽くうなずいて、死神の少女の元へ歩いていった。あれだけ動くのが億劫だったのに、魂になった途端体は羽のように軽くなっていた。魂は肉体を持たない。この姿は単なる具象体に過ぎないのだろう。
「ほい、それじゃあ有り金全部出しな」
「お金……?」
 少女は片足をそちらに突っ込んで、木でできているらしい小船を泊めていた。その体勢のまま、鈴仙にずいと掌を差し出す。
「三途の川の渡し賃さ。ここに来たやつは誰でも持ってる。ケチらず全部渡しゃあ、早く向こう側に着くよ」
 そういえば、と鈴仙は三途の川のシステムを思い出す。徳か何かだっただろうか、生前の行いによってその額は決まり、その量に反比例して彼岸渡航の時間が短くなるはずだった。
 死神のセリフはちんぴら以外の何物でもないように思えたが、しかしあるだけ渡した方がいいだろう。どうせ他では使えないのだし、そもそも自分のような者にそんなにたくさんの金があるはずがないのだから。
「ええと……ちょっと待って」
 鈴仙は自分の服を調べ始めた。上着か、スカートか。
 果たしてそれは上着のポケットに入っていた。ぢゃり、と金属音が鳴り、そこに入っているのだと分かる。鈴仙はポケットに手を入れて金を出し始めた。
「えーっと……。ん……あれ?」
 思っていたよりも量があったらしい。鈴仙はとりあえずひと掴み出すと、死神にそれを預けた。そして再び手を入れる。
「おお? 何だか随分あるんだな」
 不思議なことに。それは予想もつかないほどたくさん入っていた。ひと掴み、ふた掴み、計三回手を入れて、鈴仙は「有り金」を死神に渡し終えた。死神は心底驚いた表情で、両手で持ちきれない金をスカートで受け止めていた。
 鈴仙自身は、驚くというより呆然としていた。これは生前の徳で決まるはず。あれほどの罪を犯した自分が、そんなにも徳を持っているはずなどないのに。
「いやあ、すごいな。よっぽど愛されてたんだね、あんたは」
「私……?」
 死神の少女はからからと笑って、金を一旦船の中に放り込んだ。木と金属のぶつかる音が、無音を織り成す三途の川に響き渡る。
「私が……愛されて?」
「そうさ」
 少女の言っていることが分からず、鈴仙は呟くように聞き返した。死神はにやにやしながらうなずく。
「あんたが他人に対して日常どんな振る舞いをしてきたかは知らんよ。でも、多かれ少なかれあんたの行動は他人にいい影響を与えてきたのさ」
 いい影響、と言われてもピンと来ない。自分は何かしただろうか。皆との思い出はたくさんある。けれど、それが彼女たちと共有されているかは分からないのだ。
「そうさね、例えば……その生きようとする姿勢とかな」
作品名:It's My Last Word 作家名:天馬流星